ここは人間界。幻海の土地の一角にある草むら。
のどかな陽気に誘われて、死々若丸が子鬼姿でお散歩に来ていた。

小さくなって外に出ると、普段と違う風景。
自分の背丈もある草をかきわけて一人で外を歩くのが彼は好きだった。

季節は初夏。ちょうど緑が豊かに生い茂っている時期だ。

てくてく…

「なんだこれは?」
思わず独り言。ちび若が見付けたのは、綿毛のタンポポだった。日の当たらない場所に咲いて遅れをとったのか、夏になろうというのにまだ種を飛ばしていなかった。
生まれも育ちも魔界の死々若丸はタンポポを見たことがなかった。
(ふわふわとした不思議な花だ。)
と、そこへ突風。
風に乗って綿毛が飛ばされていく。
「!!」
ちび若は、意地悪な風がせっかく咲いた花を散らしてしまったんだと思った。
「あ〜ぁ‥」
しかし飛んでいく綿毛はどこか嬉し気に見える。
ちび若にはその理由が分からない。
(…?)
人間界には不思議がいっぱいだ。

てくてく、また歩き出す。

日が高くなってきた。
(少し疲れてきた―)
小休止しようと日陰を探す。
大きな樹があった。近付くと、根元には茸が生えている
真っ赤な色をしている、明らかに毒のありそうな茸だった。
(鈴木に食わせてやろうかな。)
お土産に悪巧みを閃いたちび若は、ひっこ抜いてみようと試みる。
が。子鬼の小さな体ではこの茸を抜くにはパワーが足りない。
(…。)
そうこう努力しているうちに胞子まみれになってしまった。
「…や〜めた。」
大きな茸を持って帰るのは大変だし、これを使ってまた変な薬とか作られたらたまったもんじゃない。
…そう自分に言い訳した。

ちび若はここで休憩するのを諦めてまた歩き出した。
―なんていい天気なんだろう。
空が青い。魔界のよどんだ空気では決して見られなかったものである。
暖かくて、気持ちがいい。太陽というのは実に不思議な光を放つ。

うつらうつら―

「ん…」
気が付くとさっきよりも随分と太陽が落ちてきている。
うたたねをしてしまったようだ。
「いかん。帰らないと―」
早く帰らないと鈴木の奴が心配する。


家の方角へ向かう帰り道、花畑を見付けた。そこには辺り一面、赤や黄の花が咲いていた。
これなら持って帰ることができる。今度こそお土産ができた。
(…毒入りではないが。まぁいいだろう)
茎にしがみついてもぎとる。

(さて、早く帰って体についた胞子を洗い流そう。)
一番大きな赤い花、鈴木は喜んでくれるだろうか。


この道をあと5分も歩けば家へつくだろう。
その時―

ガリッ

一瞬、何が起きたか分からなかった。
体に痛みが走った。そこから血が流れ出ているのを感じる。
猫だ。大きな猫がいきなり襲いかかってきたのである。

苦痛に顔が歪む。
「どうして―」
何が怒りに触れてしまったのか全く分からない。
しかし興奮した猫は明らかに攻撃を止めそうにない。
危険だ。
逃げるのはシャクだった。しかし、今はこのせっかく摘んだ花を綺麗なまま早く持って帰りたい。
「ニャァ!!」
猫が再び襲ってきた瞬間、死々若丸は空へ飛んだ。
無事に爪を逃れ、そのまま、猫が見えなくなるまで飛んでいった。

「はぁ。はぁ。」
たかが猫に。この俺としたことが情けない―
息を整えて周りを見渡す。
「あれ…。ここはどこだ?」
なんと、逃げるのに夢中で迷子になってしまった。
あんなに晴れていた空にも見放されたようで、雲がかかったと思うや否や、大粒の雨が降ってきた。


よぎる不安。
孤独…


幻海の土地は広い。広すぎる。
途方にくれるちび若。
花をぎゅっと握りしめる。

とはいえ、いくら出鱈目に飛んだからといって、家からそんなに遠く離れたわけはない。
どうにかできそうなものだ。が、先程不覚をとった傷が痛む。
思考がまとまらない。体を動かすのもかったるい―

と、そこへ。
「…ゎかー…?」
(え?)
「ししわかー?」
鈴木の声だ。
「お〜い死々若どこだ〜?」
帰りが遅い死々若丸を心配して、鈴木が探しに来たのだ。
ちび若は痛みを忘れて立ち上がった。
「鈴木!」
「あ〜死々若!!」
鈴木が駆け寄って、ちび若を肩にのせる。
「迷子になってたのか?だからあまり遠出するなと言っただろう。コラ、聞いてるのか?」
死々若丸は聞いていなかった。鈴木が迎えに来てくれた嬉しさと安心感で胸が一杯だった。

「たく。人がどれだけ心配したかわかってんのか?め!」
人指し指で死々若丸の額をちょこんとつつく。「め!」は鈴木の得意技だ。
「鈴木」
「ん?」
振り向いた鈴木の顔に赤い花弁があたる。
「土産だ。」
照れたように顔をそむけ、花を差し出す。
「俺のために、わざわざ?」
そんな、答えが分かりきっている質問に答える気はない。
鈴木はちゃんとわかってくれたようだ。
「よし!!腹減ったろ?今日は腕によりをかけて肉じゃがを作ったからな。早く飯にしよう!」
そう言って鈴木は走り出した。
いつのまにか雨が止んでいたらしい。二人は気付かなかったが、空には大きな虹がかかっていた。


‥‥初小説です。わかるかもしれませんが、2003年のお中元にしたフリー絵とリンクしている話です。
描いた後にこんな妄想が‥(阿呆) 長くなったので前後編に分けてみました。
この後おうちに帰った二人がいちゃこきます。嫌でなければこのまま後編どうぞ。