研究の買い出しに一人で街へ降りてみたら、なんだか異様な熱気に包まれている。デパート、商店街。やたらと可愛らしく飾られ、そこにいる女性陣からは熱気というより殺気みたいなものを感じる。
そうか、明日は…

ばれんたいんでぇだべ!!」
テーブルにばんと手をつき、体を乗り出して訴える陣。
「だからなんだよ…」
大声が迷惑そうに顔をしかめる鈴木。
「オレもチョコ作りたいから作り方教えてけろ!」
「は?…お前バレンタインの意味わかってんのか?」
バレンタインデー…それは女性が男性にチョコレートをあげて想いを打ち明ける日。といってもそのようにしているのは日本だけだが。
「何でお前がチョコを作るんだ?」
「だってホラ、最近は女同士でもあげてるらしーぞ。ならオレも皆に配るだ!」
確かに、最近学校などではバレンタイン当日、それぞれ趣向を凝らした手作りのお菓子を友達と交換し合う行為か目立つ。普段料理なんてしない子さえここぞと頑張って女の子らしさをアピールするのである。もはや本来の目的である「愛」は跡形もない。
「な〜鈴木はお菓子とかも上手いべ?頼む〜」
両手を顔の前で合わせて必死に頼み込む陣。
「駄目だ。お前には必要ない。それに俺は大事な研究の最中で今から缶詰だ。」
「そんなぁ〜。」
崩れ落ちる陣。無情にも鈴木はそれをよそに研究室へと篭ってしまった。


そうか…バレンタイン。死々若は多分くれないだろうな…。やっぱり俺があげるべきなのか?でも俺、男か女かでいわれたら絶対男だもんな。変だよな。
死々若には今年もファンクラブから山のように届くんだろうな〜。俺、いったい誰かからもらえるのか?!…やっぱ陣からでも貰っとくべきだったかな…。って、自分が手伝って作ったのを貰ってどうする!
いいや、もう。とにかくこの研究に集中だ!


居間にとりのこされた陣。そこへ死々若丸がやってくる。
「なにしとんだ、お前。」
「死々若〜!この際死々若でもいいだ。チョコ作んべ。」
「チョコぉ?俺は貰う専門だ。作れないぞ」
「オレも作れないから大丈夫!」
「どういう理屈だ…」
しかし。しつこくすがりつく陣に負け、死々若丸はチョコ作りに参加させられることになってしまった。

早速、持参した板チョコを台所に広げる。
「で、どうするだ?」
自信満々に訊く陣。本当に全く分かっていないのだ。死々若丸はちょっと呆れつつ
「お前よくそれで作る気になったな…。確か湯煎で溶かすんだ。まずチョコを細かく刻め。」
包丁とまな板を用意してやる。ほら、と声をかけると、陣は右腕をぶんぶん振り回していた。
修羅旋風…
「何してんだ!!」
あわてて腕をつかみ、竜巻を作るのを止めさせる。
「このが簡単に砕けるべ?」
「台所ごとな。大人しくこの包丁でやれ!」
しぶしぶ従う陣。というか死々若丸は指示するだけで手伝っていない。

それから数十分…4箇所の負傷を犠牲に、ようやくチョコレートが細かく刻まれた。
「できた!で?」
その声に、あまりの作業の遅さにうたた寝していた死々若丸が目を覚ます。
「んぁ…このチョコの包装の裏に"生チョコの作り方"ってのが載ってたぞ。これ見たらいいんじゃないか?」
あくびをしながら立ち上がり、その包装紙を陣に差し出す。
「生チョコ…?チョコにもがあるだか?」
「さあ…そういえば"きチョコ"っていうお菓子を聞いたことがあるぞ。だから生もあるんじゃないか?」
「生ものはちょっとな〜。まだ寒いし、やっぱり焼いてみるべ。」
2人、何か勘違いしている様子。溶かしたチョコを焼いて調理することにした。
「焼く…となるとフライパンか?」
無根拠のその言葉を疑うことなく素直に素直に信じる陣は、フライパンを温めて油をしく。
溶かしたチョコをフライパンに流し込む…勿論どんどん焦げていく。
「苦っ!」
「不味…」
当然の結果。
「何がいけなかったんだ?」
「そうだ、砂糖!砂糖入れてないから苦いだよきっと。」
「成る程。よしもう一回挑戦だ!」
…これでまともなチョコが作れるはずが無い。

材料が底をつき、2人が諦めるまでもう数時間必要とした。
残されたのはあまりにもビターな香りと大量の黒い塊…チョコレート。
「やっぱチョコはもらうもんだよな。」
「んだ。」



翌日

「あの…これ、食べてください!」
「はい、これ、あ・げ・る。」
凍矢と陣の元に差し出されたのは紛れもなくチョコレートの包み。差出人は…小兎と瑠架だ。
「え…。あ、ありがとう。」
「わーい!」
今日はついにバレンタインデー本番!
アイドルとして人間界で活躍している小兎と瑠架。忙しい合間を縫ってそれぞれの想い人にチョコレートを渡しに来たのだ。
妖怪だって魔族だってみんなこの日ばかりは戦いを忘れ、恋する男女になるのである。
「それじゃ、急ぐんで。」
照れもあってか、用件が済むと2人は颯爽と去ってしまった。
チョコレートを手に立ちすくむ凍矢と陣。と、そこに現れたのは酎と鈴駒。
「見たぞ見たぞ〜。」
「よっモテるね2人とも!」
「からかうなよ‥義理チョコかもしれないだろ。」
と、酎が似合わないかわいらしい包みを持っていることに気付く。鈴駒も何か持っている。
「オメ、それ、もしかして…」
陣に突っ込まれた瞬間、酎の口元がゆるむ。
「フフフ…そのまさかだ!いいかみんな、聞いて驚け!これは今しがたあの棗さんがこの俺に!俺のために!バレンタインのチョコレートを作ってくださったんだ!!」
がっはっはー。
自慢げにひけらかし高らかに笑う酎。よほど嬉しかったらしい、周りの呆れている顔が見えていない。
「あ〜ぁ。あいつこそ義理だってのにわかって無いんだから。」
ため息をつく鈴駒。
「お前のそれはあの子からか?」
「そう!流石ちゃん!流石ちゃんったらオイラのためにわざわざチョコレート作って届けに来てくれたんだよ〜〜。」
だらしなく笑う。全く鈴駒も人のこと言えない。


一方その頃、鈴若邸。
缶詰を終えた鈴木はひと風呂浴びたあと、洗い髪をくしゃくしゃ拭きながら居間へとやってきた。
「おは……?!」
思わず出かけた言葉が止まった。
なんか部屋が狭い。なんか外がうす暗い。
それらの原因になっているこの小さな包みの山はなんだ?
何だといっても答えは一つしかなかった。チョコレート。居間に転がって部屋を狭くしているのも外にまで積まれて太陽を遮っているのもこのチョコレートの大群の仕業なのだ!
個性的にラッピングされたそれらの唯一の共通点は、死々若丸宛てのバレンタインチョコなのだということ。
「踏むなよ。」
死々若丸はそれだけ言って黙々とチョコを食べている。
なんとかスペースをつくって着席する鈴木。既に開かれた包みから一緒に届いたカードを手に取ってみる。
"☆魔界一大好きな若様へ☆
人間界でいかがおすごしですか?はやく魔界に戻ってきてくださぁい(≧∀≦)"
"愛しの死々若丸様、あなたのことを考えると私は夜も眠れません"
「相変わらず、熱狂的なファンをお持ちで。」
「まぁな。」
さも当然といった感じ。こいつめ…。

その様子を外からうかがう妖怪が一人…。そこに、凍矢達にチョコを渡し終わった小兎と瑠架が表れた。
「樹里、あんたまだ渡してないの?」
「だって…鈴木さんなかなか起きてこないんだもん〜」
潜んでいたのはカルトのもう一人、樹里だ。彼女も今日のこの日に想い人・鈴木にチョコレートを渡そうとやってきたのだ。
「うわ、凄いチョコの山。あれ全部死々若君のかしら?」
「あの分じゃ鈴木さんは貰ってないわよ。」
何気無く鈴木に失礼。
「さ、私たちも行ってきたんだから当たって砕けろよ!」
頑張れ!と背中を叩く。
「わたたっ。…よっし、行ってくる!」


ピンポン
「またお前へのチョコじゃないのか?」
「面倒くさい、出てくれ。」
「ったく、もぅ。」
しぶしぶ玄関へ。ああもう、チョコが邪魔で通れない!

ピンポーン
もう一度鳴らしてみる。なかなか出てこない…せっかく勇気を出してここまでやってきたのに〜。
そのとき、戸が開いた。
「はいはい今出ますよーって…あれ、樹里ちゃん。」
どきーんっ!
いきなり御本人登場。樹里の緊張はピークに達した。しかも風呂上がりの姿が妙に色っぽい。
「あの…その、えと、」
緊張して上手く喋れない。
その手に持った包みを見た鈴木は
「死々若、呼んでこようか?」
勘違い勘違い。この男、自分が想われているとは思っていないのである。
やれやれ、もてるなーうちの若さんは。やはり直接渡した方がいいだろうと、本人を呼びに中に戻ろうとする。しかし目の前の少女は意外なことを言うではないか。
「ち、違います!」
緊張した喉から必死で大きな声を絞り出して引き留める。
「へ?」
ばっ
鈴木の目の前にチョコレートの包みが差し出された。
「これ、鈴木さんに食べてほしくて作りました!」
「俺に?」
予想外のことに戸惑うが、何を言い返す暇もなく樹里はすぐに走って去ってしまった。

「どうだった?」
「ちゃんと渡せた?」
先程の場所に戻る。樹里は息を切らしながらVサインをして二人の質問に答えた。
キャ〜ッという声があがる。その様子は全く恋する普通の女の子だ。
それから3人はラジオ番組の収録へとむかった。


チョコレートを貰ってしまった…。
歓喜よりも驚愕が先にたって動けなかった。
そこに死々若丸がやってくる。なかなか戻ってこないのでどうしたかと思ったら鈴木がチョコを貰ってるではないか。
「よかったな。」
その声に、ようやく体が動きを取り戻した。
「し、死々若…」
恐る恐る振り向くと、その顔は明らかに不満そうだ。無論、チョコが自分宛てじゃなかったことに・ではないだろう。
居間に戻った死々若丸はまたひたすらに、食っても食ってもなくならないチョコと格闘している。
なんか気まずい…
「な、死々若」
「何だ」
「毎年そんなに貰って大変だな。朝からずっと食ってたのか?」
他愛ない会話で場を盛り上げようと試みる。
「もう慣れた。チョコ好き。」
何でカタコトなんだよ…鈴木、余計凹む。
「俺なんも用意してないんだけど、今からなんか作ったら食べるか?」
「要らん。誰が男から欲しがるか。」
がーん
要らんって言われた…
神様、死々若が今日は僕に冷たいです。トホホ
一人途方にくれる鈴木。

更に死々若丸は家に入りきらないほどのチョコの山を背景にこんなことを言う。
「いいか、言っておくがお前はこれ食うなよ。俺のだからな。」
「そりゃそうだけど…全部一人で食うのか?ちょっと無茶が‥」
「食う。」
死々若丸は頑として譲らない。まぁ自分が貰ったものだ、本人が食うのが一番いいが、しかしこの量では大変な上に体にも悪そうだ。
「なぁ…怒ってる?」
「なんで怒らなきゃならんのだ。」
嘘だ。顔が嘘だ。目が笑っていない。糖分よりもカルシウムを摂れぇ!
なんて思っていたら
すこーんっ
何かが飛んできて額にヒットした。
「何す…ん、チョコ?」
投げられたのは紛れもなくチョコレート。しかしそこに積んである可愛いチョコと違って、包装はラップにくるまれているだけだった。
「いいか、お前はそれしか食っちゃ駄目だからな!」
開けてみると、不揃いで小さな生チョコが数粒。
「死々若…まさかコレ…」
死々若丸は拗ねたような小さな声で早口に言う。
「陣が帰ったあと残った材料で書いてある通り作ったら思いの外普通にできたから…」
「死々若から、俺に?」
うなづいてはくれない。"他に何があるんだ"といった感じに背中を向け、また自分のチョコを食べ始める。
「死々若ーー!!」
感動のあまりその背中に飛び付いてぎゅうっと抱き締める。
だってだってまさか死々若がチョコくれるなんて!しかも手作り!
「くっつくな!馬鹿!」
「やだ。」
至近距離で感じる今日の死々若丸からは甘い香りが漂っている。たぶん今ならキスもチョコレート味…
「死々若、美味しそうv
「阿呆か、死ね!」
「死んでもいい…」


さて、その様子を外からうかがう妖怪が4人…。
「死々若の奴〜一人だけチョコ作ってずりーだ!」
「おうおう、昼間っからいちゃこきやがってよ!」
「樹里ちゃんが見てたら泣いてたぜ、きっと。」
とまああきれる陣、酎、鈴駒。
「しかしあんなにあるのに自分があげたのしか食べるなだなんて、死々若丸のやつワガママで可愛いじゃないか。」
言うのは凍矢だ。
「ちちち、甘いべ凍矢。チョコより甘いだ。」
「な、なんだよ…」
「確かにそれもあるだろうが、たぶん死々若はほんとに独り占めしたいだけだ。」
「死々若、甘党だもんね。」
言って三人が一斉にうなづく。
「そう…なのか。」
もはやフォローできない凍矢だった。

幸せそうだからいいけどね。騙されてるよ鈴木さん!


あれ、アンハッピーエンド?(笑)
バレンタインだ!と何故か思い立って急いで書いた一品。何ゆえ。
例によって甘過ぎないように…とは思ったものの最後は結局(笑)
死々若、当分三食+おやつにチョコレートです。いかん、書いてて胸やけが…。