事は、一本の電話から始まった。

「た、た、大変だ死々若ー!」
電話を出た陣が血相を変えてやってくる。
「なんだ、どうした。」

「鈴木が…
  電車で、痴漢の容疑かけられたって…!」

は?


なにやってんだあのバカ鈴木!
洋服に着替え、死々若丸は、連絡をよこした駅へと一目散に向かった。

***

某所、某線、某駅、事務所。
「おい、鈴木!!」
強盗のような勢いで、男とも女ともつかない青髪の美人がとびこんできたもんだから駅員は目を丸くした。
「な、何者だねキミは。」
「鈴木…さっき捕まったっていうアホ男を引き取りにきた。」
駅員をにらみ付ける死々若丸。
「いやぁ…そう言われてもハイどうぞと渡せないんだよねえ。
  おたく名前は?」
駅員はなにやら書類を手に訊く。
「…ししわかまる…」
「はい?」
現代の日本に聞き慣れない響きに、駅員の手が止まる。
「あ、いや…"若"だ。」

「わか、さん。名字は?」
まどろっこしい…苛々と焦りが募る死々若丸。
しかも参った事に人間の名字なんてとっさに出てこなくてつい
「…田中!!
  で、鈴木はどこにいるんだ」

無理やり事務室の奥へ侵入する。
「コラッ君!」

***

奥の部屋で、鈴木は別の駅員と被害者の女性と取り調べを受けていた。
「なんだ、向こうが騒がしいな」
取り調べをしていた駅員がそう言った途端、強行突破してきた死々若丸がドアを勢いよく開けて入ってきた。
「な、なんだね一体!」

「死々若!」
鈴木は思わず立ち上がった。
「ししわか?」
追って来た駅員がまた首をかしげる。
「"わ か" だ。」
と頬をつねる、若。
「帰るぞ、鈴木。」
しかし駅員が止める。
「コラコラいかんよ、まだ用件はすんでないんだ。
  この男は先ほど電車の中で、破廉恥にもこちらの女性に痴漢行為をはたらいたと…」
「だからやってないって言ってんじゃないすか!」
「とぼけるな!こちらの方も、確かに車内でおしりを触られたといっているんだ!」
「それは俺じゃないヒトの仕業だって!」
さっきからこんな調子の不毛なやり取りが延々続いているのだ。

「鈴木、やったのか?」
「断 じ て やってない!」
鈴木は死々若丸だけには信じてほしくて、語調を強めた。

「だいたい駅員さん、俺こんな美人が身近にいるのに痴漢なんてしません。」
と、若の肩に手を乗せる。
確かに…。とかちょっと納得しかける駅員たち。(被害者に失礼だ)
「俺がセクハラするのは若にだけでスゴフッ!
腹に一発。怪しい手が伸びかけてたのでかましてやった。

…今のやり取りで駅員も女性も完全にひいていた。
若は硬直している被害者の女性に詰め寄る。
「おいお前。どうしてコイツがやったと?」
偉そうだけど案外怖くなさそうなので、女性はゆっくり口を開いた。
「痴漢がいたから、声を上げようと思ったら近くにいた人がこの男の人を捕まえて…」
「そいつは何処に?」
「用事があるって、すぐ帰りました。」

…。

「絶ッ対、その通報した奴が犯人だろ。」
「だよな!だよな!怪しかったもんアイツ!って言ってるのにこの人達聞いてくれなくて」

若はふぅとため息を吐いた。
「こいつは変態だがそーいうことは絶対しない、もう勘弁してもらえないか?」
椅子にかけている女性の視線に合わせるようにかがみ、まっすぐから見つめて言う。
若にそんなことされて断れる女がいるわけもなく…
「はい…」
うっとりとした瞳でうなずいた。

はぁ、なんとか一段落。
「帰りも気をつけろ。」
さり気ない気遣いの一言。ときめきのあまり女性は椅子から崩れ落ちた。

「行くぞボケ鈴木」
そんな様子を気にもせず、鈴木を連れて出て行く若。

***

駅を出たら2発、思いっきり殴られた。
「っったく、手間かけさせやがって!」

しかも今思うとかなり取り乱してしまっていた。
咄嗟に"田中"とか名乗ってしまった事を思い出して自己嫌悪…
よりによってダメ時代の鈴木の名を。田中若とかいって語呂悪ッ!
聞かれてなかったよな…?と眉間にしわを寄せる。
「ごめん…ありがと。」
しょぼくれる鈴木。

そして、もう一発の意味
「でも俺、ほんとに…その、痴漢…なんて、してないからな!!」
必死に訴える鈴木。若はちらっと、不審そうな目を向けた。
そんなことする奴じゃない…わかっているが、心のどこかで面白くなかった。
「あんなどこぞの馬の骨とも知らん女の尻なんて興味ないから!」
両手を合わせて頭を下げる。
さっきから街中で恥ずかしい発言を堂々と…。表情は変えずに顔だけ少し赤くする若。
とその隙に、懲りない怪しい腕がまた伸びてきて…
「あ〜、やっぱり死々若が最高♪」
ぎゅっと抱き締められる死々若丸。鈴木はうっとり…しかし、その手が尻を目指して動いたためまたもや拳を頂戴する事に。
「阿呆!変態!痴漢!!お前やっぱり捕まってこい!!」
罵声の嵐を浴びせたあと、早足でスタスタと行ってしまう。
「ま、待って…」

小走りで追いかける。
「なんだよ死々若だって、あの女の人に優しくしちゃってさ」
と口を尖らせるが
「文句あるか。」
それだけ。
さすが熱狂的ファンクラブを持つ"若様"は伊達じゃない。

「次またこんなことあってももう二度と迎えになんか来ないからな。勝手に罰金でも無期懲役でもなってろ。」
「そんなぁ〜」

「下手に言い訳するよりおとなしく捕まったらどうだ、脱獄くらい楽なもんだろ。
  指名手配されても名前と姿変えればバレないぞ、得意だろそういうの。」
勢いでついた悪態だったが、それで鈴木の足が止まった。

「それは困る。」
「あ?」

「俺はせっかく素顔になって、"鈴木"という名前を呼んでくれるお前や仲間と出会ったんだ。もうこれ以上絶対に変えるもんか。」
こんなところで真剣な鈴木。
「鈴木」…もちろん生まれもった名ではないが、今では「本名」だ。

そんなことは、わかっている。


「うっさい行くぞバカ鈴木。」
再び、歩き出す。
何故か嬉しいような恥ずかしいような気持ちがむずかゆくて、ぶっきらぼうにまた早足になる。

「第一まんまと罪きせられてんじゃねーよこの迂闊鈴木」
「なんか美味いもん食わせないと許さんぞタコ鈴木」
「どこ触ってんだ熱烈変態鈴木」
アホ鈴木、鈴木このやろう、鈴木のくせに、、、

帰るまでずっと、文句と一緒に名を呼んでいた。


何度でも呼んでやる。
もう失えないお前の大切な名前だから。


こんだけ書いて結局いいたかったのは「名前」
鈴木さんは若はじめみんなに名前を呼んでもらうのが嬉しくて好きなんじゃないかと思うわけですよ。
なんて思う余りに冤罪仕掛けてごめんね鈴木さん(笑)
兄さんは痴漢なんてしないよ、若さん以外に。えっ誰ですかでんしゃぷれい?とかいってるの(オメーだ)