どれくらいたったのだろうか。
ふ、と目を覚ました死々若丸はそう思った。いつの間に意識を飛ばしていたのだろう。首縊島で鈴木の肩に乗り、それから…? 視界を泳がせる。ここは…魔界だ。見覚えのあるこの風景は、裏御伽チームの拠点にしていた住処の鈴木の部屋だった。ふかふかとした感触…自分は今ベッドの上にいる。恐らく、鈴木の。どうやって魔界に渡ったのか、いつここに辿り着いてどのくらいこうしていたのか、全く身に覚えがない。だいたいの体の痛みはひいていたので、もしかしたら何日も経っているのかもしれない。
のそりと寝返りをうつと何かに当たった。布団ではない、暖かい。ゆっくりと体を起こし、見ればそれは…ベッドに入りきらないまま、まるで、やっとの思いでここに辿り着いた途端 緊張の糸が切れて倒れてしまったかのように眠っている鈴木の 腕だった。
(そうか…)
自分が記憶のない間に起こった事は…魔界に戻ってきたのも、住処のベッドで悠々と寝ているのも…全てはこの、疲れ果てて寝ているこいつが、鈴木が、してくれたことだった。
死々若丸は体を翻し、子鬼姿からヒトサイズ、青年の形態へ戻った。静かにベッドから降り、まだ目覚めぬ鈴木をそっと抱えてベッドの上にきちんと寝させてやった。

鈴木にベッドを譲った死々若丸は少し離れたソファに腰掛けた。
静かな室内では規則正しい鈴木の呼吸のみが空気を揺らしている。
久しぶりのこんな落ち着いた環境で、死々若丸は改めて暗黒武術会が終了した事を実感した。
チームは事実上壊滅した。
しかし、自分の裏御伽としての人生はまだまだ、これからだ。
…これから?
ベッドの上の、鈴木に視線を移す。
武術会に参加するために行動を共にした二人。その武術会がどういう形であれ終結し、これから、二人が一緒にいる理由はなんだろう。
もしかして 目が覚めて 体が癒えたら…それは別れのとき なのか?

「ん…」
ちょうどそこで寝息が止み、小さく漏らした声が聞こえた。
起きたようだが、まだぼーっとしているようで、それ以上の生体反応はみられない。
「鈴木?」
そっと呼びかけるその声に、鈴木はびっくりしたように死々若丸を視界に取り込んだ。
「死々若…まる。」
「何を呆けている。俺をここに運んだのはお前だろう、鈴木。」

その声が鼓膜の奥に入り込んで甘く響くのを鈴木は感じていた。
死々若丸がまだここにいてくれているとは…「鈴木」と呼んでくれるとは、今までの流れから当たり前なのかもしれないが、なぜかもう、してくれないような気がしていた。

完全に目が覚めた鈴木。
贅沢をいってもいいだろうか
もう一度聞きたい 台詞があった。

鈴木は疲れや戸惑いを全部隠して、きわめて何気なく振舞った。
「体の具合はどうだ?体力はすっかり戻ったみたいだな。ただお前まだあちこち痛めてるんだから無茶しないでちゃんと治せよ。」
「あぁ。」
そして少しの沈黙。あまりうまく言葉がつながらない。
「…敗けちゃったな。」
やっと出てきたのはそれだけだった。しかし、この話題に対する死々若丸の態度は以前とは変わっていた。敗北を受け止めた今、ほんの少し瞼を落としただけで
「あぁ。」
落ち着いていた。

「お前、馬鹿ピエロ」
死々若丸もうまく言葉が出ないらしい…武術会にて行われてしまったと噂に聞いた鈴木劇場になんとツッコミを入れてよいのやらといった感じのカタコトだった。
鈴木はめげてないフリをして
「いやぁッ敗けちゃったな! "美しい魔闘家鈴木"もだめだったなー。なぁ、次の名前は"山田"なんてどうだ?」
白々しい笑いを伴い、不必要に明るく言ってみせたあと、そっと死々若丸の反応をうかがった。
「勝手にしろ」とか言われてしまうのかと思った。それならそれでそうさせてもらうが…しかし死々若丸は、「なんでそんな事をわざわざ言うんだ?」という疑問の色を顔に浮かべながら、
「前にも言ったはずだ」
次の言葉を待つ鈴木の鼓動が加速していく。
どんな姿をしてもお前は紛れもなく鈴木だ。
心臓が大きくどくんといった。鈴木は息が止まったような気がした。

「お前も飾らないと決めたのなら阿呆な仮装はよして」
「わかってる、わかってる…冗談…」
徐々に力なく小さな声になる。…変な奴。死々若丸には鈴木の意図がわからなかった。

確認したかった
自分は、鈴木だと。
少なくとも死々若丸にとっては紛れもなく鈴木だと
それが聞きたかった。
自分は自分にとってはいつでも自分であるが、ころころと名前と外見を変えられる自分は 世界にとって一個の確たる存在でない。あるときは…またあるときは…そんな流れゆく自分の"存在"を、見た目ではなく、鈴木という存在としてまるごと受けとめてくれる…その可能性を、確信にも似た予感を、鈴木は死々若丸に感じていた。

「どうした」
うつむいて何も言わない鈴木の様子をおかしんで声をかける。
「いや…」
かろうじて絞り出されたような声は、まるで泣いているかのようにも聞こえた。

「おい?」
ソファから降り、ベッドの鈴木に近寄る死々若丸。うつむいた顔をのぞきこむ暇もなく… 腕が、死々若丸の体を捕らえ、ぎゅっと強く抱きしめた。
「?!」

一瞬 何が起きたのかわからなかった。それがわかっても、何故そのようなことになっているのかがわからなかった。
「死々若」
少し震えている優しい声で、愛しそうに名前を呼ぶのが聞こえた。
「な…妙な愛称をつけるな!」
混乱の中、かろうじて弱い抵抗を示すが、抱きしめるその腕が更に力を増すだけだった。
どくん どくん と、やけに大きく鼓動が聞こえる。子鬼姿で掌に乗せられたときよりもはっきりと 鈴木の体温が感じられた。

「死々若」
強すぎる抱擁を少し緩め、深く呼吸をして落ち着こうと努めた。死々若丸も抵抗せずに鈴木の胸の中におさまっていた。

「好きだ」

どくんっ

先ほどから激しく聞こえて止まない心臓の音が よりいっそう速さと音量を増した。死々若丸は一瞬 目の前が真っ赤になったような気がした。そして、増したのは自分の鼓動だと気付く。ということは、これも鈴木に聞こえてしまっているのだろうか。…火が出そう、という言葉を実感するほどに、顔が熱い。

「武術会は終わったけど…もうここはお前の住処でもあるから…」
 これからも、ずっと一緒にいたい」

死々若丸はそっと目を閉じた。
広い胸。つかみどころのない妖気。不思議な魔具を創りだすこの二本の腕。今感じているすべてが、鈴木という一人の男−

結局最後には誰もが一人なのだと思っていた。他人を憎しむことしか知らなかった自分。こいつの、深い哀しみさえも経た明るさが…世界を照らした。
そうだ、いつだって鈴木といると安心していた。
このまま別れたらもう二度と関わりあえない気がしていた。それを
いいのか?
お前を俺の 居場所と思っても…

己しか見えていなかった心に 初めて還る場所ができたことを、死々若丸は確かに感じていた。


好きとか そーいうのは、よくわからないし、口に出せないから。

死々若丸は体を起こした。するりと鈴木の腕がほどける。
そして、何も言わずに、鈴木の唇に自分の唇を重ねた。

混乱するのは今度は鈴木の番だった。
一瞬だったのかもしれない、しかしその瞬間 確かに世界の全てが止まった。そっと離れる死々若丸の姿がスーパースローモーションに見えた。
頬を赤くして、その 奥が深い赤色の瞳でまっすぐ見つめているのは紛れもなく目の前のこの自分。少し乱れた髪と衣服がますます艶っぽくてたまらない。今、そんな彼のほうから…。これはOKという意味なのか?!いや、何がOKなんだ?考えれば考えるほど混乱と体温が増す。しかし死々若丸の方は何も口にせず、ただ照れくさそうに少しだけ微笑んでいる。
これは…とにかく、これからも一緒にいてもいいということなのだろう。
そう思った鈴木は、未だ火照る顔に笑顔を浮かべて返した。

***

傷を癒しながら次の目標を探していた二人の前に 浦飯チームとして敵対した蔵馬が現れたのは、それから数ヵ月後のこと。
本気で強くなりたいならついてこいと。
負けた相手に修業をつけてもらうなんて事は、プライドの高い死々若丸には苦しい決断だった。しかし、負けた相手だからこそ、その確かな実力をよく知っている。
そんな自尊心のために棄てられる程度の想いなら、絶対にこれから何をしようとも強くなんかなれないだろう。それは鈴木に言われるまでもなく自分で強く強く感じ、心をかきまわした。
それが結果蔵馬のために自分たちが利用されるのだとしても、構わない。
新たな決意を胸に、二人はふたたび人間界に渡った。


夢は散れどまた芽吹く。なにもかも棄てて零に戻ろう。それは同じようにみえて決して違う、新たな始まり。


長…。
うっかり馬鹿長くなりました、読んでくださった方ありがとうございます!
すったもんだを経て、ついに鈴若の始まりです!いろんな意味で…。
これから二人はどんどんラヴラヴしてればいいじゃない!