絶対に 頭がおかしいとしか思えなかった。
ふと、胸に何かつかえているような呼吸のしづらさ、重さに気がついた。なんともいえない、不安感というか、落ち着かない 頼りない気分に襲われ、心が乱される。
何だ。嫌なことでもあったか、恐ろしい夢でも見たか、これといった心当たりは思い浮かばないし、それにそんな些細なことで乱れるほどの脆い精神は持ち合わせていないはずであるから尚更わけがわからない。
そして、誰かに 縋りたい などと思うなんて いつもの自分からしたらあり得ないことで、やっぱりどう考えても頭がおかしかった。
心を黒い というか澱んだ その得体の知れないものがじわじわと侵食していく。それがある程度を超えたとき ついに堪らなくなって死々若丸は駆け出した。

−アイツはどこだ

今頼りにしたい(なんて思うはず無いのに 絶対におかしい) その相手は 普段は当たり前のように存在しているくせに、こんなときにこそ見つからないから困ったものである。部屋にも、台所にも、風呂場にもいない。この館にはいないようだが何処かそう遠すぎない場所に気配は感じる。 しかし軽い混乱状態に その気配の居場所を正確に探る事ができなくて、ますます追い詰められる。

ちくしょう、 アイツめ、使えない、 ふざけるな

こうも自分でもわけがわからない気分に追い立てられると、お得意の珍妙な何かを盛られたのではないかと思えてくる。そうだとしたらとりあえず殴る。それから刀を抜いて、えぇとそれから
焦りが思考回路の幅を余計に狭めていく
あぁ何でもいいから早く出逢わせてほしいなどと 寂しいのか一体これは(絶対に絶対におかしい!)

無我夢中という言葉を使わされるのもひどく嫌なのだが、そんな状態で駆けずりまわった
果てに

やっと見つけた この場所が何処だか、出鱈目に走ったからよくわからない(たとえ何処だろうと今はどうでもいいことだった)。やっと見つけた彼は 何をしているのか知らないが、とにかくひとりで 人の気も知らないでのうのうとたたずんでいる。
普段だったらそれこそ殴ったり悪態をついたり 探すのに苦労した事を八つ当たりするのだが、今はそんな余裕はなかった。
だからといって他になにか説明を与える程のことも無くて
とにかく
とにかく、求めるままに
背後から強く 抱きついた

何も言わないで、ただぎゅっと顔をうずめて圧力と熱を感じる

もちろん死々若丸が近づいてきた気配は感じたが急に抱き締められたことに驚いた鈴木は その妖気が酷く乱れていることに気付き、こうしている事がよいのなら と 抵抗もせずに身を任せた。
何か不安なら支えてやりたい。そちらを向いてこちらからも抱き返してやりたいと思ったが 体を反転させるために一瞬腕が緩むのさえも嫌なようで、それを許してくれなかった。ただ ただ そのままで、何か述べるでもすすり泣くでもないのをひたすら邪魔しないように付き合った。

気分を落ち着かせたくて鈴木を求めたが、慰められたいのではなかった。
ここで唇を重ねたり体を繋いだり安易に愛されても 芯まで満たされる気がしなくて、廻したこの手を握り返されることさえ今は不必要だった。何をしてほしいのではなくて、ひたすら 力任せにぬくもりを感じさせてほしかった。

どのくらいかはわからないけれどかなり長い時間そうしていた後で、どうやらすっきりしたらしい死々若丸はふぅ〜と息を吐くとようやく腕の力を緩め、屋敷の方角を探って首を振った。冷静に辺りを見回して自分の現在地を把握すると 鈴木と目を合わせ何か言おうと口を開いた。しかし 特別かける程の価値がある言葉は浮かばず また口をつぐんだ。小首をかしげ少し考えた後ようやく「帰る」とだけ発して、すぐさまくるりと歩き始めた。
「ぁ、おい」
追いかけかけた鈴木だが引き止める理由もよくわからなくて、(そりゃ不思議だけどこの行動について問い詰めるのも無粋だし) おかしな様子もなくなったから気がすんだのだろうまぁいいかと思い止み しばらく後から普通に帰宅した。

既に死々若丸はいつもの綺麗な寝顔で休んでおり、それを見て安心した鈴木は傍らに座り 長い髪をそっと撫でた。
それはたぶん微細なストレスの積み重ねがふと溢れたもので、 なんかもう発散したみたいなので心配する事はないだろう。
いつもあんなふうにしおらしく縋ってきたら可愛いのにな〜、などと思ったとき、おいちょっと待てと言わんばかりに痛みが走る。長時間めいっぱい圧迫されていた身体からの無言のツッコミだった。
赤くなっている痕をさすりながら、…やっぱり普段の死々若がいいな、と、思いなおした。
目が覚めたら損害賠償をカラダに請求してやろう。


真夏日にクーラーを求めるような何気なさで、安らぎは求められ、望むように与えられる。
とにかくなんかもう ぎゅっと したかった死々若さんでした。