戯れに重ねた唇が少しカサついていて、もうそんな季節なのか、と思った。
そういえば髪を揺らす風も今日は随分と冷たい。

外に視線をやる死々若丸。いつの間にかもう木々は紅葉が進んでいた。
縁側から草履を履いて庭に出て、銀杏、楓の色づくが散る様を眺む。続いて庭に出てきた鈴木が後ろからそっと抱きしめ、どうやら続きを要求しているようだが、既に死々若丸の興味はすっかり紅葉に奪われてしまっていた。
「離れんと貴様の頬にデカい楓を紅葉させるぞ。」
そう発するやいなや死々若丸の右掌に殺気が込められるのを感じ、鈴木ははじかれるようにパッと体を放した。
ちぇーっ。なんて言いながら銀杏の木の下に進む鈴木の髪に、金色の扇はよく似合っていた。

一瞬よぎった、デジャヴのような感覚。
前にもこんな…そうだ、春のあの、桜吹雪を浴びた場面だ。あの時も人間界の自然がとても美しくて…しかし妖怪が、憎しみと破壊の申し子である裏御伽の自分がそんな情緒にかまけるなどおかしいことだと思った。
けれどこの紅葉の嵐、黄色や赤の渦中でこみ上げた感覚は、どうやら春とは似て非なるもののようであった。
気候的には共に暑すぎず寒すぎず「過ごしやすい」二つの季節。両者の決定的な違い、それは、春は輝かしい生命の芽生えであり、秋は物悲しい生命の終わりであるということ。
あぁそうか道理で春よりも戸惑い無く心に染み入ると思った。
これから暗く冷たい絶望の季節に向かい散っていく破滅の舞い。紅葉の鮮やかな色は本当に明るく美しいか?この派手さはせめて最期だけでも目を惹かせようとする、全く気の毒な色ではないか。
そんな憐れな季節はもしや自分には居心地のいい季節なのではないかと思うと声を出して笑いたい気分になってきた。

あぁなんか死々若が上機嫌だ。いい感じに禍禍しい空気を背後から感じた鈴木は思った。
「秋っていいよな、実りの秋。」
ひとりごとのように呟く。
「これからを生き残るために、次の世代に生命を繋ぐために最後の力を振り絞ってる。気合い入ってるよな。」
ピクリと死々若丸の眉が動いた。
「冬ってさ、絶望的に見せかけて、新たな生命を隠して春をじっと待つ、希望に満ちた季節だって 知ってた?」
得意気な鈴木の言葉に、死々若丸の眉間に完全な縦皺が刻まれた。鈴木は やーい と言わんばかりの表情を作った。

希望とかそういう前向きな言葉は一番大嫌いだ。
鈴木の発想に驚いて、一瞬でもこの季節に気持ちを許してしまった事が悔やまれて、腹が立って、
じゃあお前にもその生命力と希望を与えてやる、と、今度こそその頬に紅葉をくれてやった。


自然観察、秋の巻。
春には 素直に愛でることを戸惑っていたのを手助けしてあげたのに、秋には若さんが楽しんでいたのをぶち壊してあげるという。
たぶん一筋縄ではいかない深い理解を経た関係ということなんだ。