あるときは魔界をぶらついて体を鍛えたり、またあるときは人間界でのんびり過ごしたりと気の赴くままにやっている。

死々若丸は、人間界での根城として、幻海の遺した土地のどこか一角を利用している。
どこか、というのは、正直なところ本人にもわからない。なぜなら、説明する記号が存在しないのだ。なんせ広大すぎる土地が見渡す限りすべて私有地であり、そんな山の中にいちいち「住所」があろうものか。
地図も無い、しかも強力に霊的な場所であるからして、相当慣れているものでなければ目当ての場所を認識することは困難である。最悪の場合、死に至る。


彼の魅力は大変罪深い。たまに街へ降りていき人間の真似事のようなことしているとき、通りすがりの一般人をも自然と魅了してしまうようだ。そうしていつの間にか人間界にも若様ファンが増殖していた。

妖怪からも人間界からも、ファンの女子達に 一目逢いたい、想いを伝えたい、贈り物をしたいと熱望される「若様」。

死々若丸はそういうのは実はあんまり嫌いではないし、かといって媚びるつもりも毛頭ない。だからいつでも好きにさせておいた。(たとえどんなストーカーが付きまとおうといざとなれば目をつぶっていてでも成敗できる自信はある。)
だが危険なのは、彼女達自身なのだ。
前述のとおり住所という概念さえ存在しているのかどうか怪しい住処である。突き止めようと尾行をして消息不明となり、他の妖怪にちょっかいを出されて泣いて逃げ帰ったり、迷子になり3日後に森の中で救助隊に保護されたり、そういう輩はあとをたたない。

それで心を痛めるような若様ではないが、あまりそういうのが増えるといろいろと面倒である。とくに一般の人間がからむと上のほうがうるさいのだ。


というわけで、最近は、ファンレターや贈り物を受け付けるための住所を鈴木に用意させている。
ヘタに直接付きまとおうとせず、なにかあるならこの"事務所"を相手にしろというわけだ。

おかげで山の中の遺失物捜索に狩りだされたりすることはほとんどなくなった。


***


「死々若、"イベント"は明後日だからな。」
"事務所"から回収してきた今日までの郵便をドサッと置きながら鈴木が言った。
「ああ、アレか…。」
面倒そうに眉をひそめる死々若丸。
「しょうがないだろ、あまりにもしつこいし、たまにはサービスしてやらないとどんなヒステリックおこすかわからないぞ女の集団は」
「わかっている。」

"イベント"。
いくら人気といっても死々若丸はお金を貰ってタレントとして働いているわけではない。いくらファンレターの受付窓口を用意したからといって、公認ファンクラブを設立したわけではない。
だがしかし、それがゆえに満足のいくファンサービスを滅多に受けられないファンたちのフラストレーションは募り、マネージャーの鈴木に「若様と触れ合えるイベントを開催したい」と嘆願してきたのだ。はじめは断ったがその熱意としつこさについに了解せざるをえなくなったというわけだ。

鈴木は思った。俺はマネージャーじゃない。

ファン側の代表は非公式ファンクラブのリーダー格(らしい)。
事前にグッズや企画内容のアイデアを提出し、鈴木の査閲・承認を得て実際の準備を進める。
もちろん認可のないグッズは販売させないし、その利益はこちらに入れされる。

しつこいようだが、こちらはお金を貰うタレント事務所ではないし、ファンの笑顔のために〜という気持ちは微塵もない。が、それでも今回一応こうしてある程度ちゃんと公式に認可を出して金銭も絡めておこなうイベントをすることになってしまったので、あまり適当にやるわけにもいかない。
ファン側のリーダーの人がそれなりにしっかりとやってくれたので、こちらにはあまり負担にならず準備はわりと順調に進んだ。



"イベント"当日。

とある広い公園。
緑豊かな木漏れ日の中、お弁当を食べるファミリー、犬とジョギングする男性、ラジカセをかけてダンスの練習をする若者達などがそれぞれ楽しそうに過ごしている。その公園の広場がイベント会場だ。よくわからないが、ライブやバザーやTVの公開収録など、さまざまなイベントに利用されているような広場らしい。

ついに開催された若様メモリアルイベント。
妖怪、人間、入り混じり、意外と年齢層の広い感じで女性ばかりが押し寄せている。

販売される「当日限定!売切御免!若様公認オフィシャルグッズ」はブロマイド、カレンダー、ポスター タペストリー ストラップ 写真集などなどが多種多様に取り揃えられている。

そしてこれらのグッズのお買い上げ金額××円ごとに「チケット」が一枚が発行される。
「チケット」は一枚で「若様のサインがもらえる」、二枚で「若様と握手ができる」、三枚で「若様と写真が撮れる」といった特典を得られるのだ。

死々若丸は、この日のために鈴木が用意した洋服に身を包み、ひたすらファンどもの相手をした。


イベントの進行もファン側で人員を用意してくれたので、鈴木は特別やることが無い状態だった。
会場を見渡す。どいつもこいつも楽しそうで、あーあーよかったですねー。内心とても穏やかでない。本当はすごく腹が立つ。だがそれを表に出すわけにもいかないので、誰にともなくにこにこ穏やかな顔を浮かべている。
死々若丸の機嫌は大丈夫だろうか…舞台を省みると、なんのことはない、結構楽しそうにやっているではないか。なんだよちくしょう。俺にだってそんな顔みせないくせに。営業スマイルなんて見せてほしいわけじゃないけど。

それにしても…
あのオバさん、さっきも並んでなかったか?

鈴木はなんとなく気になって、今まさに死々若丸と写真を撮っている女性を注視した。
そしてある違和感に気がついた。
サインを貰って、握手した状態で写真を撮っている。チケット六枚コースのツワモノだ。なのに、荷物が無い。サイフやハンカチが入るぐらいのハンドバッグをさげているだけで、六枚分のチケットを得るだけの買い物をした 若様グッズを持っていないのだ。

と、同時に、会場の隅っこからすさまじいネガティブオーラを感じ取った。
背筋がゾクッとして思わず振り返ると、そこにいたのは一人の娘。
この楽しい楽しい若様イベント会場の雰囲気にふさわしくないことに、彼女の表情は暗い。なんかもうすごく死にたそうな顔をしている。思いつめてわなわなと震えたり、あきらめたようにふっと脱力したり、ひたすら一生懸命虚空を見つめている。

おそらく彼女は、舞台にいる女性の関係者(年齢からしておそらく親子だろう)で、彼女自身は若様に興味がないものの、親に無理やり荷物持ちとして連れてこられたのだろう。
それで怒っているのか…?
それだけでは説明できないような根の深い物も感じられた。 それもそうか、親子だとして、実の親が若い(ように見える)男相手に年甲斐もなくミーハーにハシャぐ姿など見たくはないだろう。
うちの若様が魅力的すぎてすまないね、と鈴木は思いながら、しかし今日は商売だ。金を払った相手を接待しなくてはならない。せめて君んちのお父さんが気を悪くしないよう、君の家庭がうまくやっていけることを祈るよ。と思いながら、その場をあとにした。


…その後、イベント終了までに、先ほどの女性(母親)はもう一度舞台に姿を現した。持参した花束を持って。
若様への差し入れ…にしては少し妙だと思ったら、女性は、その花束を持ったまま死々若丸にぴたりとくっつくと、その状態で写真撮影を要求した。

「キャー!!結婚式!!!!若様ありがとうございます!!!」

鈴木は目眩がした。
同時に会場の隅(娘がいたあたり)からすさまじい瘴気を感じて、よもや魔界への扉が開いたかと身構えた。



こうして若様ファンクラブの特別イベントは終了した。



***

すべての片付けを終え、帰宅する死々若丸と鈴木。

特に「あの女性」の行き過ぎた行動により、鈴木の苛苛は最高潮に達している。
だというのに死々若丸は意外にも気分を害している様子が無い。というか、なんだかどうにもゴキゲンなようにさえ見える。

「…けっこー楽しそうだね」
鈴木はムスーっとして死々若丸にいう。死々若丸はククッと笑って答える。
「ああ、心地よい殺気があったものでな。」

思い浮かんだのはあの娘。
憎しみと悲しみを含有した虚無に隠し切れないウラミが溢れていた。
ああ、そういうことか…。鈴木は納得すると、やれやれとため息をひとつついて死々若丸の袖を引っ張った。

「いいから着替えろ。一日外にいたから汚れてるだろ、風呂に入れ」
「なにを怒っている?」
「怒ってナイカラ。疲れテルと思って。」

余裕の無い様子の鈴木と反比例して死々若丸はますます楽しそうになる。
「そうだな、今日は疲れたから風呂は明日にしてもうこのまま寝るか」
「駄!目!だ!」

死々若丸にもてあそばれているのがわかって悔しかったが、鈴木はそのまま引っ張っていって無理やり風呂につっこんだ。



***


翌朝、鈴木は朝から焚き火に励んでいた。


「鈴木?」
すっかり日が高くなるまで眠っていた死々若丸は、庭で掃き掃除をしている鈴木に声をかけた。

くるっと振り向くと、鈴木は妙に明るく振るまって言った。
「死々若!おはよう。今日は街へ行かないか?昨日の件で収入もあることだし、服でも買おう」

「服なら先日新調したばかりであろう。昨日着た」
「ああ、アレは汚れてたから捨てたよ」
「汚れ?砂埃や汗はあるかもしれんが、それほど」
「いいからいいから、出かけよう。支度しよう。」





昨日嫉妬した分を取り戻したいのだということは死々若丸にもわかったし、引き続き上機嫌だったのでおとなしく従った。
新しい服を買わせ、好みの料理屋に連れて行かせ、二人で街の生活を満喫した。
デートだ。これはまぎれもなくデートだ。


更新日付が2012/04という謎の無題.txtをみつけて、中を見たら 未公開の鈴若小説だったので…公開します…
すっかり忘れていたので自分でも新鮮です!「心地よい殺気」って、誰のなんでしょうね…?