都内某所のとある居酒屋。

昔からあるような面持ちの店で、赤い提灯から懐かしい光が漏れている。

木の格子で出来た引き戸を開けると、カウンター席しかなく、そこはすでに満席だ。

鈴木はそこで男と熱く飲み交わしていた。


「んだからよぉ〜そこまでもってったらぁ、
 女の子ちゃんたちはみぃんなコロッと落ちるんだよぉ!ひっひっひ…(笑)」

「ははっ是非参考にさせてもらうよ!」

「若いの!!気に入った!!も〜ぅ今夜は飲もう!飲み明かそう〜!!(笑)」

「「だぁっはっはっは〜!!」」


と、酔っ払いは既にベロンベロンの泥酔状態で、

上の会話の次点では素面だった鈴木もすぐに彼らの仲間入りするのであった。




翌朝、昨夜一人にされた死々若丸は機嫌悪く目覚めた。

弥生も十日を過ぎ、幻海の屋敷のある山にも着実に春が訪れていた。

去年も人間界の春に合わせてこの場所を訪れ、

二人で美しい季節の移り変わりを楽しんでいたのだが、

今年は勝手が違い、鈴木は春の植物の研究などで忙しいらしく、

死々若は一人で山の景色を眺める事が多かった。


(もぅ梅も終わってしまうな…)


満開になった梅を見た彼の感想がそれだった。

すっかり元気が無いのは言うまでも無い。

…と言うのも、鈴木のせいだった。

3月に入ってから、広いとは言え同じ屋敷に居るのに、数える程しか顔を合わせてない。

それでは死々若丸でなくとも機嫌を損ねるだろう。

しかし、当の本人はそれに気付くでもなく、彼には全くお構いなしに研究に励み、

昨晩のように時折山を降りては酔っ払って帰って来るのだった。

死々若丸はそんな鈴木の看病などしない。

最初こそ顔を出したが、やがて素面では構ってくれない相手に、

構って欲しいがために自ら避ける様になってしまった。




それでも死々若丸は次のイベントの事を思った。


ホワイトデーである。

普段、気の利く彼の事だから、今は研究に没頭していても、

先日の7日の様にイベント事は欠かさずに執り行うだろう。

死々若丸はそう考えて、(我ながら女々しい)と呆れながら、

それでも期待せずには居られない自分に気付き、ますます眉間の皺を深めた。




そして当日の朝。

それまで会話が無いのにも関わらず、死々若丸は気分良く起き出した。

自分もバレンタインには手作りのチョコを贈ったし、

そうでなくとも“鈴木は両方自己満足で盛り上げては自分を巻き込んだ事実”がある。

彼の確信は日に日に増すばかりだったのだ。

人間界も歩けるよう、新しい春のジャケットを買ったし、

シャツもジャケットのブラウンに合わせて淡いブルーの物だ。

履く物もいつもの草履ではなく大人っぽい革靴。

顔を湧き水で洗い、髪を目の細かい櫛で梳かして、鈴木から贈られた星のピアスも付けた。

出掛ける準備は万端だった。




しかし、時計がすっかり昼を過ぎても、鈴木は居間にやって来ない。

出掛けるのが夕方だったとしても、いつもの彼ならとっくに準備を始めるはずである。

研究で徹夜明けの次の日の彼が11時近くまで寝ている事を知っている死々若丸は、

それに合わせていたが、どうもおかしい事に気付いた。


(何故何の音沙汰もないんだ?)


そう思い、研究が行われる離れに向かった。

何の気配も感じられない。

死々若丸の脳裏に最悪の事態が過ぎり、思わずドアを強く開ける。









「鈴木っ!?」




バンッ!!


シ〜ン…









しかし、そこには生き物の気配がなかった。

本人はおろか、実験用のマウスすら居ないらしい。


「…鈴木…?…奴め、一体何処に行ったんだ?
 ……オレを…置いて…。」


思わず口にした言葉は自分だけに良く響いた。

せっかくのイベントなのに、鈴木は自分を構わず、所在も知れないなんて…。

死々若丸は深く傷ついた。




何のために自分は服を揃え、このピアスを付けたのだろう。

何のために自分は彼を待って、食事もしていないのだろう。


「…っ信じられん!」


死々若丸の機嫌は見る見るうちに下っていった。




そして夕方。

彼は独りで食事をし、何を考えるでもなく外を見つめていた。

ここには居ない奴が、申し訳無さそうに手を振り、自分を連れ出す事を期待しているのか、寺の入口ばかり気にしていた。

いつの間にか外には激しい雨が降り出していた。



















ゴーン!

ゴーン!!




「…!!」


死々若丸は寝入っていた様で、時計の音に反応して目を覚ました。

それを見やるとちょうど日付の変わる合図だった。




とうとう鈴木はホワイトデーには帰って来なかった。

それどころか、何の連絡も寄越してこない。

暗く広い居間で彼は急に寂しくなり、雨の降りしきる中外へ飛び出したが、

そこには現実が待っていた。




灯のついていない鈴木の研究部屋に、雨のせいでほとんどが散ってしまった梅の花。

一緒に見る事が叶わなかった小さくて白い花。

まるで今の死々若丸を形容しているかの様な姿だった。


「…っ何故だ!!鈴木の奴、…オレの事…っ」




愛してると、言ったのに…。




最後は言葉にならなかった。









帰ろう。




魔界へ。




鈴木の事なぞ知った事か。




何の書き置きも残さず、消えてしまった恋人なんて。









誰も居ないのを良い事に、ぶつくさ呟きながら魔界へと通じる部屋と向かった。


(二度と此所へは来ないのだろう。)


そう思って振り返り、遠くなった梅を見、

そして部屋の戸に手を掛けた瞬間、鈴木が部屋から出て来た。


「死々若っ!?」

「…なっ、鈴木…!」




「ちょうど良かった!!」

「はぁ?」

「早く来い、やっと出来たんだ!」

「おい、何だ!引っ張るな!」


頭のどこかで何か文句を言わなくては、と考えていた死々若丸だったが、

驚きと、珍しい鈴木の強引さに気圧されて黙ってついて行くしかなかった。

その中に“やっと鈴木がこちらを向いた”という喜びも確かにあった。




鈴木はというと、今までろくに言葉も交わしていないというのに、黙ったままだった。

しかし、それでも死々若丸が不安を広げずに居るのは、

鈴木の手の温かさとその面持ちのせいだった。

あんなに美しい物を愛で、自らもキレイ好きな鈴木が所々真っ黒だったのだ。

死々若丸は手を引かれながら、亜空間の中でそんな彼を怪訝に思った。

何より、あんなにも自分を苦しめていた胸の重みが一瞬で消え去った事にも戸惑った。


「ほら、もぅ着くよ!」

「…?」


暗闇を抜けると、眼下に広がったのはいつもの町並みの見える森ではなく、

死々若丸の来た事のない岩場だった。

そこにポツンと何故か土管が置いてある。




その土管まではまだ距離のある地点で鈴木は止まり、

死々若丸に“ここで待つように”と言った。

“一体何が始まるのか…”そう思った時、大きな音と共に、

どこかで聞いたことのある爆発音が上がった。

それは攻撃的な音ではなく、どこか胸を躍らせる物で、

空を見上げると、そこには色とりどりの花が大きく咲いた。


「花火…。」

「どうだ〜?お前好きだっただろ?まだ上がるからそこで見てろ〜!」




遠くの土管で鈴木は叫ぶように言った。

いくつか花火が上がった後、一際大きな音が鳴り、空には七色の文字が咲いた。




     HAPPY WHITE DAY!           AND       I LOVE YOU!!




「・・・・・。」

「わっはっはっは!どうだ死々若!!」

「…フッ、アホらし。」

「なんだとっ!?嬉しいくせに〜!」

「何で聞こえるんだよ!」

「私はこの世で1番の天才だからな〜!
 魔界の空でも花火を咲かせる事が出来るなんて、私は何て素晴らしいんだろう!!」

「バ〜カ!!」

「死々若ぁっ!めっ!!」

「…ったく、いつもまでも子供扱いしおって…」




一通り会話を交わした後、鈴木はようやく死々若丸の元へやって来た。

何度か実験を繰り返していたのだろう、白い顔はススで真っ黒だったのだ。

しかし、死々若丸は爪先立ちをすると、それを気にせず彼の頬に唇を寄せた。

そして唇を離すと伴に鈴木に背を向け、人間界へと戻るため亜空間へと消えた。


「…!!し、死々若ぁ////今の何だよ!ずるいぞ!?」


何がずるいのか、鈴木は慌てふためき、大急ぎで後片付けを済ませ彼の後を追った。

再び幻海の屋敷に戻った二人はホワイトデーが過ぎているのにも関わらず盛り上がった。

明くる朝、鈴木は隣で穏やかに眠る恋人を見つめながら思った。


(花火屋のオヤジ…ありがとうっ!)


・・・・・。


HAPPY END?


相互リンク記念v で小説を頂いてしまいました>_<うおああありがとうございます!
内容をリクエストさせていただけるとのことで「ホワイトデーのお話」を。
今までバレンタインのお話は自分でも書きましたがそういえばホワイトデーは無かったなあと思って。
もうこれ…大変!
凝って喜ばせたいのはわかるけど裏目に出て死々若さんに寂しい思いをさせてしまっている鈴木さん。も〜、ばかっ!
それでも鈴木を信じて準備して待ってる死々若さん健気で涙…乙女…!
注目すべきはさり気なく混ぜ込まれた3月7日の 存 在! 「勝手に制定・鈴若記念日」です。かっ感動…
そしてラスト、ちゅー逃げする若さん。ちゅー逃げ…!かっ可愛ぃぃ!
帰宅後 これ以上何がどう盛り上がったんですか、ああ!隣で穏やかに!
切なくも甘甘いお話、どうもありがとうございました!