「もー飲めん・・・。」
カシャン・・・・・。
その言葉の後に、死々若丸はグラスをテーブルに落とした。空のクリスタルグラスが、テーブルの上で輝きを放っている。
「なんだよ、情けねーな!俺ァまだまだいけるぜ!!がははは!」
「お前が飲みすぎなんらよォ〜!ひっく・・・。」
酎が、テーブルに突っ伏した死々若丸の背中を叩く。その隣で、鈴駒が自分のグラスに酒を注いでいた。
「・・・もーやめとけ鈴駒、つぶれるぞ・・・。」
「らにいっれんのォ、凍矢のほうがつぶれそうじゃん!あははは!」
珍しく顔を赤く上気させている凍矢が、本能か自分の仲間を心配する言葉を振り絞った。その目は虚ろで、体温も熱い。
「おーい、鈴木ィ、つまみを持って来い、つまみをぉ!」
酎が上機嫌で酒瓶を振り回す。
唯一酔っ払っていない鈴木が、はいはいと腰をあげて、空になった酒瓶を何本か持って台所へと向かった。
「陣、もー1杯いこうぜェ!」
「おー、すまねえだな!」
背後に陣と酎の笑い声を残して、鈴木は寒い廊下へと進む。
台所に到達すると、空瓶を軽く水洗いして伏せておいた。冷蔵庫から適当な材料を見繕うと、フライパンを出して調理し始める。
今日は、久しぶりに六人全員が集まれた日だった。
長期間、六人全員は魔界でバラバラで過ごし、それぞれに見合った修行をしていた。
死々若丸と鈴木も今回は別れて修行をしていたため、今日は実に5年ぶりに会ったのだった。
『久しぶりだな、死々若。』
今朝、この幻海の家に来た時に彼と玄関先で会い、鈴木はそう言って懐古の情を示した。
すると死々若丸は本当に嬉しそうな柔らかい表情で笑って、『ああ』とだけ短く答えた。
そこから陣、酎、凍矢、鈴駒が到達し、久しぶりに揃ったということで、今日は羽目を外しての酒盛りとなったのだった。
「ほら、つまみ持って来たぞ、あんまり飲みすぎるなよ。」
鈴木が苦笑しながら、小皿をトンと酎の前に置いた。
「なーに言ってんだよ、おら飲め鈴木も!遠慮すんなって!」
酎が真っ赤にさせた顔で酒瓶とグラスを持って、鈴木に持たせた。
「お、おいおい。」
「いいじゃねーか、かてぇこと言うな!!ほれほれ。」
だばだば、と酒が鈴木の持つグラスに注がれた。飛び散ったしぶきが手にかかる。
まったく、とあらためて苦笑し一言言うと、鈴木はそれを一気に飲み干した。熱い液体が身体を流れる。
「おお、いい飲みっぷりだな!もー1杯いけ!」
「・・・まあ今日くらいはいいか。」
「おうそうだぜェ、今日はめでてえからな!!」
あははは、と大きな笑い声が響いたあと、数時間に渡って残った五人で飲み明かしたのだった。



すー・・・すー・・・・ぐがー・・・・ぐがー・・・・
数人の寝息が部屋を包む。
こたつの周りで、五人が赤く顔を染めて眠りに落ちていた。
たった一人だけ起きている男が、床に散らばった空き瓶とゴミを回収しながら、彼らに毛布をかけて歩く。
真夜中の寒さが身に染みる。
自身にも毛糸の上着をひっかけると、空き瓶を持って再度台所へと向かった。
スリッパをはいて、廊下の奥へとその細いスラッとした姿を向かわせる。金髪の細い糸が寒風に揺れた。
5年ぶりに会った彼らの姿は、やはり少しだけ変化があった。
凍矢は少しだけ背が伸びて、大人の落ち着いた感じが増した気がするし、陣は以前よりもしっかりした力強さと存在感が在る。赤い髪は少し短くなっていた。
鈴駒は相変わらず背は変わらないが鋭さが増した。酎も妖力がかなりアップしているようで、以前よりもがっしりしている。
自分はどうかは分からない。
そして、
死々若丸は驚くほど柔らかくなった。
蒼い髪は以前よりも長めになっていて、束ねずにそのまま背に降ろしてあった。
赤い瞳からは鋭さが消え、代わりに優しげな光が備わっている。
初め、彼を遠くから見たとき一瞬誰だか分からなかったほど、その雰囲気が違った。
庭に咲いている梅の木の下で佇んでいた彼に、最初にかける言葉を探していた時、彼は後ろにいる自分に気付いてふと振り返った。そして優しげに笑う。
その瞬間、散った花びらに隠れた彼は、ひどく儚げな人に見えた。
「よっ・・・・。」
カシャ、と洗った瓶を並べる。
「1,2,3,4,5・・・・・」
並んだ空き瓶を数えると、全部で10本。よくもまあこれだけ飲んだものだ。つぶれるのも無理はない。
規則正しく並んだ瓶をしばらく見つめると、まだ余っていた酒をグラスに注いで、鈴木は台所をあとにした。
もと来た廊下を帰りながら、居間には戻らずに、縁側へと歩いて腰を降ろした。
月がとても綺麗に闇に生えて、煌々と光を放っている。
持ってきたグラスの酒を飲みながら、ふうっと吐いた白い息は闇夜に溶けた。
「・・・・・・相変わらず酒強いな、お前は。」
その突然の声に振り向くと、後ろには死々若丸が目をこすって立っていた。
「なんだ、起きたのか。大丈夫?」
「・・・ああ。」
そうぼやけるように言うと、死々若丸は鈴木の横に座った。ふわりと花のような香りが漂う。
「・・・・長くなったな。」
「え?」
「髪が。」 思わず鈴木が聞き返すと、死々若丸が鈴木の顔を見ながらそう答えた。
「え、ああ、そう?もう立ててないからそう見えるだけじゃない?」
「ああ・・・・・。」
「お前も伸びたよな、髪。」
「そうだな・・・。」
腕に絡み付いた髪を後ろにやりながら、彼はそう言った。
「・・・・・・・・・。」
「・・・・・・・・・。」
「元気だった?」
しばらく沈黙を交わした後、鈴木がそう言った。その質問に、死々若丸はフッと笑って「見りゃ分かるだろ」と答えた。
「・・・・・お前、変わったよ。」
縁側の外にたらした自分の足を見つめながら、彼は金髪を揺らす。
「俺が?」
「うん。」
「・・・そうか?」
「うん。」
「どのへんが?」
「・・・・・・・雰囲気かな。」
そうつぶやくように答えると、死々若丸はまた笑った。
「そりゃ、五年も離れてればそう思うだろ。」
「はは・・・。」
しばらくお互いに笑った後、鈴木がまたグラスの酒を飲んだ。熱くなった顔が、寒風にさらされる。
「飲む?」
そう言ってグラスを差し出すと、彼は苦笑して頭を横に振った。そう、と言って鈴木は残りの酒を喉元に押し込むように、すべて飲み干した。
ふたりでそのまま、じっとして会話なく月の光を浴びながら、闇に佇むように座っている。
月を隠すように雲が移動してゆき、鈴木を照らした後は死々若丸へと光を移動する。
「・・・・・お前は俺が変わったって言ったけど」
「ん?」
「・・・・お前が一番変わったよ。」
死々若丸が、寂しそうにそう呟いて。月光はひかりを失った。
「・・・・・・・・・そう・・・・?何も変わってないと思うけど。」
鈴木が自身をきょろきょろと見回した。
「確かに容姿はお前が一番何も変わってない。ただ」
それだけ言うと、彼は次の言葉を躊躇するように会話を繋ぎとめた。
「・・・・・ただ、以前までは、お前は俺に警戒する奴じゃなかった。」
死々若丸は何も無い庭の何処かを彷徨うように、そう言った。赤い瞳は引き裂くような悲しさを訴えるようだ。
「・・・・・・警戒?」
鈴木自身、覚えもないのに、なぜか胸の奥がドキリとなった。視線をあちらこちらに移す。
「そうだ。」
そう言ったあと、彼は鈴木をしっかりと見据えた。
「お前は・・・さっき皆で飲んでいた時ひとりだけ酔いつぶれなかったな。」
話すたびに溶ける白い息が、儚げにみえる。
「・・・なんだ、そんなことか。ただたまたま酒に強いからそうなっただけで」
「たまたま?」
言葉を遮って、死々若丸は凛とした言葉で聞き返した。笑っていた鈴木が次の言葉に戸惑う。
「・・・本当にそうか?」
「・・・・・・・・・・・・。」
「・・・・本当は酔いつぶれなかったんじゃない、酔いつぶれることが怖かったんだろ。」
「・・・・・・・・・・・・。そんなことは・・・」
「お前はまた孤独に苛まれたな。」
きっぱりと言い放たれると、鈴木は返す言葉が見つからなくなる。
「・・・・悲しいことだな。五年経ったらまたお前は独りになったのか。」
「・・・・・・・・・・・・。若、考えすぎだよ・・・。俺は本当にそんなことないから。」
ふとぎこちない微笑みを向けると、死々若丸は空へと視線を移した。
「お前は自覚がないだろうな・・・。」
「え?」
「・・・・・・・・今日、俺と最初に会ったとき、お前は何をしたと思う?」
そう言われてみて、鈴木は今朝、死々若丸と梅の木の下で会ったことを思い出した。
梅の花が散った後に見た、彼の寂しそうな笑顔も。
「・・・挨拶しただけじゃなかったか?なんかしたっけ、俺」
「・・・やっぱり分からないのか。」
「・・・?」
ふう、とため息をついて彼は横目で鈴木を見る。
「攻撃する間合いを取ってたんだよ、俺に対して。・・・一瞬だけな。」
「えっ・・・。」
さあ、と風が闇を流れた。彼らの髪の糸が冷たく揺れる。
「・・・・・・。魔界で暮らしてたらそうなる癖がつくのも分かる。あそこは危険すぎるからな。いつでも攻撃体勢が取れるようにするのは当然だろう。・・・・・・だけどな。」
一旦右端に視線を寄せて戻す。それから悲しげな口調で続けた。
「俺に対してはそういうことをしない奴だったよ、お前は。他の奴と俺とでちゃんと分けられる奴だった。俺にだけは、攻撃体勢を取らなかった。」
「・・・・・。」
「そう信じてた。」
「・・・・・・・ごめん。」
「・・・。年の流れってのは尊大だが、時に残酷だな。人と人との大切な関係まで流す。」
鈴木の言葉をさらりと無視して、空を再度見上げながら、彼はそう言った。ゆっくりと沈黙が支配した後、彼は何もかもを見透かすような瞳で、鈴木の目をじっと見つめた。
「お前は、今では俺と触れることを酷く怖がっている。俺と話すことを恐れている。」
「・・・・・・・・・・・・・・・。」
「違うか・・・・?」
光にすっと細めた目をすると、死々若丸は問いただすような厳しい口調ではなく、優しげな声でそう言った。
「・・・・・・・・・。」
「・・・・・・・・・。」
「・・・・・・・・・・違う・・・・・。」
長い静寂のあとにやっとそれだけ言うと、死々若丸はふと口元を緩めた。
「そうか・・・。」
ふう、とため息をつくと、彼は立ち上がり風に長くなった髪を靡かせる。
「俺はもう寝る。お前も早く寝ろ。風邪をひくぞ。」
ふと笑ってそう言うと、死々若丸は部屋の奥へと消えていった。ぱたんと障子を閉める音が聞こえる。
「警戒か・・・・。」
鈴木はグラスを持ったまま、寒く、寂しい闇夜にぽつりと呟いた。


「おあよー・・・・。」
「あー、頭がガンガンするべー・・・・。」
その翌朝。鈴駒と陣が正午過ぎに起き出してきた。
「まあ・・・そりゃあんだけ飲めばなあ。ほら、薬。」
顔色の悪い二人に、鈴木は特製の二日酔いの丸薬を水と一緒に差し出した。
「・・・なんか変なの入ってないよね・・・。」
「入ってるわけないだろ!俺の作った特製薬になんか入ってたことあったか!?」
「なかったら言わねえよ!」
鈴駒が思わずいつもの習性で突っ込んでしまうと、叫んだ反動かさらに頭痛が増した。「うっ」と頭を押さえ込む。
「ほら、早く飲め。即効性があるから効き目ばっちりだ。凍矢も飲んで大丈夫だったから本当に大丈夫だ!」
そう催促すると、証明があってか、二人はそれを飲んだ。
「ぷは〜・・・。」
「二人とも落ち着いたら飯食えば?俺作っておいたから。」
「ありがと・・・・落ち着いたら食べる。」
「俺は今食うべ。」
「あ、あいっかわらずお前は食い意地が張ってるな・・・。」
陣が台所にまっすぐ歩く姿を見届けたあと、鈴駒は居間へと足を運んだ。
「おはよ、死々若。」
鈴駒が先に居間にいた死々若丸に声をかけた。
「ああ、お早う。っていっても、もうそんな挨拶の時間じゃないけどな。」
苦笑いをして答える。鈴駒が曖昧な返事を返すと、彼はいそいそとこたつの中へもぐりこんだ。
「俺は買出し行って来る。久しぶりに人間界の街歩きたいし・・・。」
鈴木が二人を残して、上着を取った。
「・・・・・若、一緒に行く?鈴駒も。」
少し間をおいて、そう誘うと鈴駒は「いい」とすぐさま頭を横に振った。
「・・・そうだな、俺は行こうかな。」
よ、と起き上がり、死々若丸はひっかけてあった上着を取った。
「いってらっしゅあ〜い。」
こたつに埋もれた首をもそもそと出しながら、鈴駒は玄関先にいる二人に声をかけて手を振った。


「おー・・・・さすがに五年も経つと街並みも変わるな。」
「ああ・・・。」
慣れていたはずの街は、すっかり洒落た商店街へと変わっていた。
「いらっしゃいませえ〜!ややっ、そこの綺麗なお姉さん、どうですかウチでアクセサリーでも!」
「おね・・・・」
道を曲がったところの雑貨店の前で、呼び込みをしていた若い青年の声に、死々若丸のこめかみは青筋が立った。
「彼氏さんも買ってあげてはいかがですか?彼女喜びますって。」
「かの・・・・」
「そうだなあ、じゃあちょっと覗いてこうかな。行こ、若。」
全く気にしないように鈴木は死々若丸の手を取って、店の中へと強引に連れて行った。
「お、おい!」
「気にすんなって。なんかお前ますます女っぽくなっちゃたし、仕方ねえよ間違われても。」
「き、貴様・・・気にしてることを・・・・。しかもフォローになってない・・・。」
ムカムカと苛立つ心を抑えながら、死々若丸は鈴木に連れられて暖かい店内に入った。若いカップルや女の子で店内は賑わっており、きらきらと光る小物で店内は溢れかえっている。
「いらっしゃいませ。」
二人に駆け寄ってきた若い女の店員が、にこにこと愛想良く話しかけてきた。
「・・・わ、綺麗な彼女さんですね。ファッション誌のモデルさんみたい!」
死々若丸を一目見ると、その女性は驚いたような声でそう言った。鈴木が「そうでしょ」と一言笑いながら言うと、死々若丸が照れたように肘で彼をどつく。
「こちらのネックレスなんかは綺麗でよくお似合いですよ。色も貴女の雰囲気によく合いますし。あ、これはうちの一点もののピアスでして、ホラ、とってもかわいいでしょ?中に翡翠が埋め込まれてて・・・」
女性は色々と小物を持っては、死々若丸に合わせた。クマのネックレスから宝石のついた綺麗なイヤリングまで、彼は着せ替え人形のように試されている。
はは・・・と精一杯苦笑いをしながら、彼は隣でくくっと笑っている鈴木を心中で睨んだ。

「待てよォ、そんなに怒るなって死々若ぁ〜!!」
「怒るわ!!」
店を出て、すたすたと早足で歩き出した死々若丸を鈴木があとから必死に追いかけた。
「ごーめーんって。別に怒ることないじゃん。」
やっと彼の手を取ると、鈴木は息を切らせて笑った。
「うるさい!」
「ははは、そういうカワイイとこは五年経っても全然変わってないな。」
かあ、と顔を赤くさせると死々若丸は繋がれた手を振り払った。
「えーい、もう俺は家に帰る!!」
「あー、ごめんってば!」
また口論しながら追いかけると、道中ですれ違った人たちに「よォ、お熱いね!」などと声を掛けられた。
「あ、ども」
「ども、じゃない!!」
鈴木がいちいちそう反応していると、死々若丸がいきなり上気させた顔を振り向かせた。
「いや、だって・・・・。」
「いちいち反応せんでいい!!恥ずかしいからやめろ!!」
「あははは」
「笑うな!!」
顔を赤くさせると、死々若丸はくるりと踵を返してまた歩き出す。長い髪がふわりと舞った。
「若ぁ〜、待てよ!」
追いかけるように走り出すと、また彼の手を取る。今度は何も言わず、振り払うこともせずにそのままだった。


「ただいま」
「おう、お帰り」
二人が荷物をかかえて戻ってくると、酎が出迎えた。
「どうだったよ、五年ぶりのデートは。」
相変わらず酒瓶を振り回しながら、酎は笑いながらそう言った。
「はははは、なかなか有意義だった。」
鈴木がそれにまた笑って答える。死々若丸は黙ったまま靴を脱いでいた。
「俺は部屋戻るからな。」
ふいと顔をそむけて、彼はさっさと二階へと上がっていってしまった。あとには声を出して笑っている二人が残る。
「照れ症は直ってねえな。」
「みたいだな。」
しばらく笑った後、鈴木が「飯作るわ」と言って荷物をかかえて台所へと向かった。
「あ、そういやお前いつまでこっちにいるつもりだ?」
その後姿を見ながら、酎が思い出したように呼びかける。
「え?ああ・・・特に考えてなかったな。お前は?」
「俺はもうちょっとゆっくりするつもりだけど。」
「どのくらい?」
「そうだな、・・・・まああと一週間くらいだな。」
「ふうん・・・。」
荷物を抱えたまま首だけ後ろに向けて、鈴木は曖昧な返事を返した。
「また一人で行く気か?」
「そうだなァ、さすがに五年も離れてると、もう他の奴と合わせられないしなあ・・・・。お前も?」
「・・・・・・さあ、まだわかんないな。」
そうか、と返すと、酎は鈴木の抱えていた荷物をひとつひょいと持ち上げて台所まで持っていった。
「よォし、じゃあ今日は俺のスペシャルディナーにしてやる!」
「食べられねーよ・・・。」


そして、それからあっという間に6日が経った。


「なあ、みんな花火やろうだべ!!」
「花火ィ!?」
陣がどこから持ってきたのやら、外から帰ってきた彼のその両手には、溢れんばかりの花火があった。
「花火とはまた季節外れな・・・。夏にやるもんじゃないのか?」
凍矢が茶碗を磨きながら、陣のその花火をひとつつまみあげた。
「いいじゃねえか、人間の常識は俺らには関係ねえよ。」
陣が笑顔で明るくそう言う。
「どうしたの、これ。」
「昔よく遊んでた近所のガキがくれたんだべ。」
「ふーん・・・。」
「へえ、花火か。いいな。」
鈴木と死々若丸が部屋に入ってきて、四人の話題となっていた花火を目前にするとそう言った。陣が目を輝かせる。
「だろ!?」
「ま、そうだなせっかくだしパーッとやるか!!」
「おう!」
「これだけじゃ寂しいだろ、俺がもっと作ってやるよ、花火くらい。手持ちじゃないやつ。」
鈴木が机の上にあった手持ち花火をつまみあげながらそう言うと、陣が幼子のようにはしゃいで喜んだ。
「陣はほんとに変わってないね〜、そーゆう子供みたいなとこが。」
「はははは」
「じゃ、今から適当に作ってくる。1時間あればできるから、それまでに準備しといて。」
「分かったべ!!」
「レインボーな花火ができそうだな・・・・。」

パチパチ・・・・・・・。
「わっ、陣コラ振り回すな!!危ないだろ!」
「くらえ、二連花火〜!!!」
「うわ!てめえやりやがったな!!見てろ鈴駒、花火と俺の妖気をブレンドさせてだな・・・・」
どぉおおぉおん!!!
「てんめぇー!!家壊す気か!!」
「あははははは!」
寒い闇夜の庭で、色とりどりの花が暖かく咲いていた。光が彼らの笑顔を映し出す。
「おーい、出来たぞ、特製打ち上げ花火!」
奥から、鈴木が顔を出していくつか大きな花火を持ってきた。
「おー、来ただな!!」
「名付けてレインボー花火だ!」
「ああ、やっぱり変わってないよこの人。」
鈴駒のツッコミもそこそこに、鈴木は庭の中心にその打ち上げ花火を置いた。そして火をすると、音を言わせながら点ける。
ひゅるるるる・・・・・・・・・・

どぉおおお〜・・・ん・・・・!!!ぱちぱちぱち・・・・・・。

「おー、すげえ、綺麗じゃん!!」
「幻想的だな。」
闇夜に虹色がかかると、仲間たちはまぶしそうにしながらも嬉しそうに笑っていた。
「もう一発いくぞー、下がって下がって。」
鈴木がもう一回点けると、また夜空に多彩なカラーが広がってゆく。もう一回。もう一回。そのたびに夜に広がる色は、美しく綺麗だった。
「鈴木、代わるよ。」
何度もやっているうちに多少火傷を負った鈴木を見て、鈴駒が申し出た。
「ああ、サンキュ。」
火を渡すと、鈴木は皆が手持ち花火をやっている後ろ側の縁側に座った。
「綺麗だな。お前にしちゃ珍しくセンスがいい。」
その隣に死々若丸が座る。
「なんか余計な言葉がついてますけど。」
「本当のことだろ。・・・少し冷やしてこい。手。」
「え、ああ・・・。」
言われてみて目を凝らしてよく見ると、彼の手は火傷だらけだった。少しひりひりする。
「ほら、行くぞ。」
ぐいと手を引かれて、死々若丸は強引に鈴木を外の洗い場のほうへと連れ出した。
ひゅるるるる・・・・・・・・

どお・・・・・ん。

二人のうしろの空は、また美しく彩られていた。

「ほら、冷やせ」
死々若丸が蛇口をひねると、鈴木の手を持って冷たい水の中に引っ張った。
「あー、つめたー・・・」
「子供みたいなこと言うな。」
ハハ、と笑って、ふと後ろを振り向く。何回目かの美しい色がふわりと広がっていた。
「・・・・・・綺麗だな。」
「自己満足か?」
「いや、そうじゃなくて・・・。・・・・まあ、それもあるか・・・・。」
冷えた水の中に指をそろえている濡らしていると、鈴木は呟くように言っていた。
「・・・お前さ、いつここを出るつもり?」
鈴木がすこし声のトーンを落としつつそう聞くと、彼は空から鈴木へと視線を移した。その表情は少し寂しそうで。
「・・・・・・・そうだな、特に考えてなかったけど・・・・・・お前は?」
「・・・・俺は、お前と行くつもり。」
「へ?」
ひゅるるるる・・・・・・・

「・・・・今度は一緒に行こう、死々若。」

どぉおおおぉおお・・・・・ん。

パラパラパラ・・・・・。

「・・・・・・・・・・・・・。」
突然の話に彼はどう反応していいのか分からずに、そのまま突っ立っていた。目を丸くして。
「嫌?」
笑って穏やかな声でそう言うと、死々若丸はふと我に返ったように、無言で頭を横に振った。
「なら、いいや。」
ざぁあ・・・と水を流しながら、安心した表情をして笑う。冷えた空気が頬を伝った。 死々若丸が吐いた息は、白く、透明感を持ちながら張り詰めた空気へと舞ってゆく。
「・・・警戒なんて、しないよ。」
「・・・・・・・・・・・・・・。」
「失った時間は、いくらでも取り戻せるから」
「・・・・・・・・・・・・・・。」
「昔に戻ろう、死々若。」



どぉおおお・・・・・・・・ん・・・・。



「・・・・・・・・・うん。」
風に揺られた髪が顔にかかって、花火の光に映されても彼の顔はよく見えなかった。
しかし、その声色でどれほどの気持ちかということは、よく分かった。鈴木が彼をみながらふと幸せそうに笑う。
「・・・・・どっかでまた離れてるんだとしてもさ」
「うん。」
「・・・・また取り戻せるよ。ずっと一緒だったんだから」
「・・・うん。」
「でも、印はつけとかなきゃな。」
「・・・・印?」
ふとその言葉に怪訝な顔をすると、鈴木は蛇口を止めて手の水を払いながら、シャツのポケットからひとつ包みを出した。
「なんだ、それ。」
「ちょっとごめん。」
死々若丸の言葉を無視して、鈴木は彼の肩にかかっている髪をどかした。
「・・・??」
彼の左の耳を冷たい手で触る。そして、包みから出した何かを、器用な手つきでその耳に付けた。何かが刺さったような、ちくりとする感覚が残る。
「?な、何したんだ?」
「えーと、お前が左だから俺が右か。」
「聞かんか!!」
またもや無視した鈴木に少しムッとしながらそう言う間に、鈴木は同じように右耳に何かを付けた。
「・・・・・・・・・。ピアス?」
「そ、お前が左で、俺が右。」
「・・・・・・・・・・・・・・・?」
「お前は俺のもの、って印つけとくの。」
朗らかに笑ってそう言った彼に少しぽかんとしながら、死々若丸は照れたようにポリポリと顔をかいた。
「よくそんなセリフが言えるな・・・。」
「嫌?」
「・・・・・・・・別に・・・。」
闇の中で翡翠色に輝いた片方のピアスを見つめながら、死々若丸は夜空に光る花火を背にしたのだった。




―――――それから10年後。




「おーい、死々若・・・、死々若ぁ?」
魔界の片隅の山中で、金髪の男がひとり。先ほどからひとりの妖怪の名を呼び続けている。
「呼んだか?」
ひょい、と木の陰から長い髪の妖怪が現れた。その右手には一匹のボロボロになった人間型の妖怪が。
「・・・飯なんだけど・・・なに、そいつ。あんまり苛めるなよ。」
「誰が妖怪の狩りなんかするか。刃向かってきたから、ついカウンターで殴っただけだ。」
ぽい、と妖怪をその場に投げると、それは腰をぬかしながら逃げていった。
「・・・・・・。刃向かって来た、っていうより、いつもの如く『付き合って』とかなんとか言われたんじゃないの?」
「・・・やかましい。」
「まったく、少しは手加減しろ。」
「そんなことできるか。」
「ま、とにかく飯だから」
「何だ?」
「えーとね・・・・・・。」
山中には、二人で立ち並んで歩いていく姿。
その二人の耳には、片方ずつの翡翠色の古いピアスが、仲良く並んでいた。


こちらも「月と故郷」様 閉店セール(違)に便乗して頂戴した一本です。
五年ぶり。普段とは雰囲気の違う彼らのお話です。しょっぱなからまた 髪!の描写にときめきつつ。
時間が経って すこし 心が 離れてしまった彼ら。 とても 悲しい。
鈴木さんが 死々若さんの素直じゃない部分を汲み取って包み込んであげる・というようなお話も好きなんですが、阿呆で明るくて天才で隙が無いようにふるまっている鈴木さんの 隠している影の部分に若さんが気付いている・というお話が実はべらぼうにときめくの で す 。乙女なだけじゃない死々若さん。ヘタレなだけじゃない鈴木さんがたまらないのです。
そういう切ない部分から、静かに 確認する二人の絆。きっとすぐに取り戻せますね>_<
何十年たっても 鈴若も 六人衆も みんな(場所じゃなくて 心が)離れないでつながっていてほしいです!
そして主題である「ピアス」。
なんとこのお話 私が描いた絵「ピアス」を見てイメージしてくださったそうで…はわわ そんな、こんな素敵なお話にしていただけるなんてッッ
「お前は俺のもの、って印」!まさしくそれを表したくて描いた絵なので、嬉しいです、光栄です!
青戸さん本当にありがとうございました!