死々若丸は動くことを忘れてその場に立ち尽くした。
遅く起きて居間に来てみると、テープルの上に見知らぬ壺がおいてあった。しかもその壺というのが、あからさまに怪しい。くしゃみをしたら大魔王が出てきそうな勢いだ。
「なんだこれ…」

その壺と共にこの家にお邪魔していた陣が死々若丸に声をかける。
「おはよう死々若!」
「もう昼だ、陣。ところでこの気色悪い壺は一体なんだ。」
寝起きということもあって死々若丸の機嫌はよろしくない。
「これはだな、はるか400年の昔に高名な霊能力者が悪霊を封印した壺で、今もその魂がこの中に封印されてるというんだ。」
後ろに続いてやってきた凍矢が説明する。
「だったか、陣?」
その声はやたらと冷たい。と、そこへ鈴木が茶の用意を済ませて現れた。
「あ、おはよう死々若。もう昼だけどな。」
「文句あるか。たまにはゆっくり寝かせろ。」
鈴木の手から茶菓子の煎餅を奪って口に運ぶ。

「それで?その愉快な壺がどうしたんだ。」
「で、その封印の術の不思議な波動で、この壺の持ち主には幸運が舞い込むそうだ!」
「はぁ。」
凍矢は再び陣に確認をとり、冷たい表情で続けた。
「というわけなんだが、うちじゃ要らんので買ってくれ。」
「「は?」」
思わず死々若丸と鈴木がハモる。
「面白いかな〜と思っただけど…凍矢が駄目だって…」
陣がか細く言う。
「まさか…陣、お前が買ったのか?」
小ぃさく頷く陣。
「ったく、妙なもんつかまされやがって!」
「にゃ〜っっすまねぇだ凍矢〜っ」
珍しく凍矢が激怒しているわけだ。こんな怪しい壺、普通は買わない。
「悪徳商法か。」
「気の毒な奴…」
死々若丸にどつかれ慣れてる鈴木は陣に思わず同情する。
「同情するなら買ってくれ!」
悲痛な叫びが響く。
「買ってって…いくらしたんだよ。」
「まあ、俺たちは仲間だからな。爆安価格で20万でどうだ?」
「にじゅっ‥!?」
「一体いくらで買わされたんだよ!」
そう怒鳴りつけると、陣はこっそりと部屋を出て行こうとしていた。
「逃 げ る な !!」
「ひぃ〜〜ん(泣)」

「とにかくだ、うちじゃ要らんからな!」
「そう言わずに、ほら、鈴木こういうの好きだろ?」
「……」
「ときめくな!」
なにやら凍矢VS死々若丸の構図となった。どちらもこの不審な壺を手元に置きたくないと必死である。
そのうちに拳の応酬に発展していった。これ以上エスカレートすれば妖気を使った本気の格闘になりかねない。そうすれば皆の無事が危ぶまれる。

「せっかく買ったんだ、自分らで幸運になれよ!」
死々若丸が壺を凍矢に押し付ける。しかし凍矢も負けずに押し返す。
「胡散臭い!」
「ままま、とりあえず落ち着こうや」
「放せコラッ」
「痛っ オイお前…」
「みんな止めてけろ〜〜っ」
ガシャン
「うわっ」
…4人がもみくちゃになった結果 壺が放り出されて落下、割れてしまった。
すると、その割れた壺から光があふれる。
叫び声があがる。死々若丸の声だ。何事かと声をかけるが返事はない。

しだいに光はおさまった。声を上げた死々若丸は一件変わりないようだった。が
永い‥永い眠りからようやく解き放たれた…
「し、死々若?」
明らかに様子がおかしい。その紅い瞳は今 金色に輝いている。
「まさかこいつは…」
「壺に封印された悪霊?!」
早速 400年ぶりの外の世界を堪能するとしよう。
そういって死々若…死々若丸にとり憑いた悪霊は部屋を飛び出してしまった。
「追うぞ!」
凍矢が叫び、外へとび出す。
「いや…」
「え?」
しかしいち早く駆け出た鈴木が、空を見ながら2人を止めた。不思議に思いながら鈴木の視線をたどってみる。
悪霊は街に降りて悪さをするでもなく、家の屋根に上って日向ぼっこをしていた。
その姿はまるで…

だな。」
だべ。」
「猫だニャン。」
屋根に上った3人が、悪霊が取り憑いた死々若丸を囲んでため息をつく。
「なんでも、お魚を盗んで裸足で追いかけられたりした悪霊だったらしいべ。」
「お前そりゃサザエさんだろ。」
「って、冷静に突っ込んでる場合じゃないだろ鈴木。どうするんだこの若。」
400年ぶりに外に出たというこの猫は、日の光を浴びて気持ちよさそうに寝てしまっていた。
「どうするって…とりあえず部屋に連れ戻すか。」


起こさないようにそっと、先ほどの隣の部屋へと運び込んだ。
「しかし、ただでさえさっきまで寝てたのによく寝るな〜。」
「夜更かしでもしてたんじゃないのか?それより見ろ、鈴木。」
凍矢は壺の破片が飛び散る事件現場を眺めて言った。
「粉々になった破片から強力な気を感じる。…悪霊を封じ込めた能力者ってのは相当な力の持ち主だったんだな。」
「本当だ。それじゃ、この壺を元通りくっつけたらまた封印に使えるのか?」
「かもしれんな。」

そこに、悪霊を見張っていた陣の悲鳴が聞こえた。隣の部屋に戻ると、陣が腕を押さえていた。
「どうした?」
凍矢が駆け寄る。
「起きた死々若にいきなりひっかかれただ…。」
猫…もとい悪霊は、なにやらたいそう興奮した様子であった。
「お前、どうせつまづいて蹴飛ばしたとかしたんだろ。」
「…。」
図星であった。それで起こされた猫は驚いて陣をひっかいたのだ。鈴木は半ば呆れつつも、鋭い殺気を放ち威嚇している猫に立ち向かう。
「ほら、死々若 落ち着いて。悪さしたらめっ!
まるで子供をあやしているようだが、そう言うと悪霊は大人しくなった。
「おぉ!さすが鈴木。」
2人は感心する。彼は死々若丸の扱いには慣れているのだ。
さて、と、腰を下ろして談話の体制に入った。


平静を取り戻した悪霊の最初の一言。
我輩は…である。
「わかってるよ!!」
軽くずっこけた。
名前はまだ無い。
「なんかこの猫…殴りたくなってきただ…。」
どこかで聞いたような自己紹介はさておき、悪霊は不敵な笑みを浮かべて続ける。
封印を解いてくれて礼を言う。これで好きに暴れられるぞ。
「そういうわけにはいかない。それは死々若丸の体だ。」
フン…この者、死々若丸と申すのか。なかなか良い身体をしておる。貴様らなど軽く捻り潰せるかもな。
…ぶち。
その言葉に3人はキレた。
確かに死々若丸は強いが、他の3人も充分に強い。所詮猫である悪霊にこのようになめられて黙っているはずが無かった。
悪霊はあっという間に捕らえられ、ぐるぐるに縛り上げて柱に括りつけられる。


「さ、壺 直そうか。」
悪霊を放置してそそくさと去る3人。
コラ放せ!無礼者!
「そこで反省してなさい。」
こうして3人は壺の修復に取り掛かった。
その間も隣の部屋でわめく悪霊がうるさい。
「な〜んか、死々若丸を10倍偉そうにした感じだな。」
「全くだ。」
鈴木はため息をつく。そして、笑う。
「何、なんで笑うだ?」
「いや、だってさ、可愛いじゃないか。悪霊っていうからどんなかと思ったら…猫って…。」
勿論 死々若丸の体をあげるわけにはいかないし、暴れられては迷惑だ。しかし心からそう思っているわけではなく、喧嘩をけしかけてあっさり負けたりするこの猫は、"悪霊"というよりは"お茶目な新しい知り合い"といった感じがして思わず笑ってしまったのだ。
「まーなっ。」
「よ〜し、出前を頼んでくれないか。そろそろ腹も減っただろう。」
「出前?こんなとこまで出前来てくれるとこなんてあるだか?」
「あるだろ、陣。一件だけ。」
ピン・と来た陣は急いで電話に向かった。

数十分後
「ちぃ〜す、毎度 幽ちゃんラーメンっす。」
「おっ来た来た!」
そう、こんな山奥に妖怪の巣窟へ出前に来てくれる唯一の店、それは幽助のラーメン屋であった。そもそも屋台であって出前はしていないのだが、そこは昔のよしみということで特別サービスである。
「ったく、ここ来んの大変なんだっつーの。料金は割り増ししとくぜ」
「世知辛いな〜お前…。」
幽助にも久しぶりに会ったところでゆっくり茶でもすすりたいところだが、彼も仕事中だ。料金を受け取るとまたなと言い残して帰っていった。


「ほらよ。」
悪霊の猫はその声に顔をあげる。騒ぐことをやめてうつ向き、闇を見つめていたその瞳に映ったのは、先程ひっかいた男―陣と、美味そうな食い物の湯気だった。
「オメの分。今 縄ほどいてやっから逃げんなよ?」
陣は、悪霊を相手にしているとは思えない…まるで友達に見せるかのような笑顔を向ける。
猫には不思議でならなかった。毒でも入っているのか?いやそんなはずはない、この体は大事な仲間のものなのだから。
そんなことを考えながら唖然としている間に、運び込まれたテーブルの上にラーメンが四つ並び、全員が集合した。

「は〜ぁっ。意外と細かく砕けてらぁあれ。」
「直すのは結構な骨だな…」
疲れた様子で話す鈴木と凍矢。
「ラーメン食ったらまた頑張るだ!」
陣が元気よく言う。しかし
「いや、お前はもう手伝わなくていい。」
「え゛っなんでだか!」
「お前自分がどれだけ作業を妨害したか自覚ないのか!?」
「せっかく集めた破片を風で吹き飛ばしたり!」
「苦労してくっつけたのを踏んづけて粉ごなにしたり!」
猫の手も借りたいところだがお前の手はもう要らん!!
二人が凄い剣幕で怒鳴りつける。
「す…すまねえだ。」
しょぼん〜と耳が垂れる陣。
そのやりとりを見た猫が思わず笑いを漏らす。それにつられて陣も笑う。猫ははっと我に返りまたラーメンに視線を落とした。

「そしたらお前 暇だろ、死々若と遊んでろよ。」
「若というか猫な。」
「そう、猫。…呼びづらいな、何か名前決めようぜ。」
鈴木の提案に全員が猫を見つめる。本人(というか猫だが)は話も聞かず、一生懸命レンゲにすくったスープをふうふうしていた。
それを見て鈴木が呟く。
猫舌なのか…。」
猫はスープを口に含んだが、まだ熱かったらしく小さくニャッと声をあげた。
「名前か…。"まだない"って言ってたし、この際"漱石"でどうだ?」
「いいねぇ、その知的な動機。」
「なんだかよくわかんないけど、じゃあ"そーせき"に決定だな?そーせき!」
陣に呼ばれ猫…漱石は振り向く。
「今日からお前の名前は"そーせき"な!」
名前…?
「そうだよ、漱石。」
と鈴木。
「考えてみたら400年以上前から名前がなかったなんて辛かったろうに。」
そう言うのは凍矢。
「今日からさみしくないぞ、そーせき!オレ陣だ、よろしく!」
わしの名前…
今まで考えもしなかった。辛いとか、寂しいだなんてこと。なんだか不思議な気持ちになり、戸惑いが隠しきれなかった。
なんだか熱いのは、このラーメンのせいなのだろうか。


食事を終えると鈴木と凍矢は作業のために隣の部屋へ戻っていった。
猫舌の漱石はまだ食べ続けている。その脇で陣が一人延々と喋っていた。

しだいに陣に睡魔が襲いかかり、ついに意識が飛ぶ。漱石と名づけられた猫は部屋の明かりを消し、自らも闇の中へと溶け込む。隙間から漏れてくる隣室の光。微かに聞こえる話し声と足元の寝息。
おかしな奴等だ…
悪霊を相手に一緒に食事をして名前までつけて無防備にすごしている。
なにか、今まで感じたことがない気持ちにがあふれてきた。それがいったい何なのかはつかめないのだが。
ぶんぶんっと勢いよく首を振った。何を考えているんだ、自分!
フ…まぁこうしてのんびりできるのも今のうちよ。
そう呟き、瞳を閉じた。
わしはもう二度と閉じ込められる気はないからのう…
そうこうして、太陽は奥深く沈みこみ真暗な夜が更けていった。


今だ居間には数多の破片が散らばっている。深夜まで壺の修復作業に没頭していた鈴木と凍矢も、陣達のいる隣の和室で寝入っていた。
日も昇り充分に明るくなった頃、鈴木がうっすらと目を覚ます。視界に飛び込んできたのは陣の赤い髪。
(そっか、猫がでてきて‥皆でここに寝たんだ。)
まだボーッとする頭をゆっくりと働かせながらふと部屋を見渡す。陣の隣では猫にとり憑かれた死々若丸―漱石が寝ていた。
ぅ…ん
寝返りをうち、こちらに顔を向けた。それを見て鈴木は思わず目が点になった。
…漱石、つまり死々若丸の、頭上に昨日まではなかった猫の耳があるではないか!しかもよく見ると尻尾まで生えている。
「ニャンじゃこりゃぁぁ!!」

鈴木の叫び声に全員が目を覚ます。
「ぅっさいな…何だ?」
「ししし死々若が!耳ッ!猫耳で萌えだニャン!!」
「ええい、落ち着け!」
「わぁ〜っ どうしただそーせき、その耳!」
漱石は猫耳と尻尾を触って確かめ、笑みを浮かべる。
どうしたもこうしたも…わしの魂がこの体に馴染んでいる証拠じゃ。
「なんだって!?」
このままもう一日も経てば体は完全に猫化し、この者の意識は永久に消え去るだろう。
と高笑い。この悪霊、意外に害はないと思ったのに流石にそうはいかなかった。あと一日。このままでは死々若丸の肉体も精神も消え去ってしまう。それは阻止せねばならない。
「そうなる前にお前を死々若から引き離す!」
フ、貴様等、封印の仕方を知っているのか?…壺が直っただけじゃわしを封印することは叶わんぞ。
強気で言う。壺を直しただけじゃ封印できない?その方法に賭けていただけにドキッとする。
壺だけではならん…何故ならわしは逃げるから!!
最後の方を早口で言うと、猫は窓を破り外へと駆け出した。
一同、唖然。
「確かに、本人がいなきゃ封印できないわな。」
「って場合じゃない、追え〜陣!!」
「合点!」
逃げ出した猫を追い、駆け出す陣。
「漱石は陣に任せよう。俺達は急いで、明日までにこれを直してしまわないと。」
「ああ。頼んだぞ、陣…。」


「待ぁてーーっ!」
山を、森を、駆け抜ける陣。相手はさすがに猫だけあって身が軽い。そう簡単には捕まってくれない。
こうしたおいかけっこが、始まってからはや数十分がすぎた。
漱石はちらりと後ろを振り返った。…いつの間にか陣がいなくなっている。ようやく撒けたのだろうか。いやしかし油断は禁物だ、早くもっと遠くへ行ってしまおう。そう思って再び駆け出したところ…
「ス キ あ り !」
がばっ
前方から陣が現れ、飛びかかった。
「捕まえただ〜♪」
猫化が進み一回り小さくなった体を両手でしっかりと抱え込む。
ニャ…貴様、何故!?
「へっへ〜。さんざ修行してきたこの辺りの地形は全部覚えてるで、先回りなんてへでもないだよ!」
陣は得意そうに言う。
「さ、おとなしく戻るだ…」
ガリガリッッ
「痛ぃってぇ!!」
捕獲した安心のスキをついて、鋭い爪が陣を切り裂いた。さらに二、三回お見舞いしてやる。
「たた…あ、コラ!」
体勢を建て直すと、既に漱石は10m程先に立っていた。
スキありだ、ボケ。
勝ち誇った顔で言い放ち、姿を消した。
再び追いかけっこが始まる。


日は昇りきりまた降りはじめる。二人の追いかけっこはまだ決着がつかない。さすがに疲れが見えてきた。
つかず離れずが続いていた二人の距離が縮んだ。漱石が立ち止まったのだ。
「お…ようやく観念しただか?」
猫は背中を向けたまま、少し間をおいていった
「……わしを捕まえたら、どうするんだ?
「どうって…そりゃ、あの壺に戻って…」
封印 するのか?
「ん?と、いうことに…なる・よ、なぁ?」
深く考えていなかったが、死々若丸の体から悪霊を追い出すということは、再び壺に閉じ込めるという事だ。
そうか。
陣ははっとした。振り向いてみせたその表情はあまりにも切ない色に染まっていたから。
「そーせき…」
陣、わしがこの400年間どんな思いで過ごしてきたか…わかるか?
空を見上げる。
広くて高い空―特に風を操る陣にとってはごく身近な物だろう。だがこの悪霊は400年それを見ることさえ叶わなかったのだ。暗い狭い壺の中でたった独り…
「寂しかった‥だか?」
漱石はフッと自嘲の笑みをこぼす。
ようやく外の世界に出られた。もう少しだけこのままでいさせてもらいたいのだ…
今までの態度とは全然違う。これが悪霊と呼ばれたこの猫の本心なのだろうか。

その話に陣はすっかり心打たれた。
「そか…オメも大変だったんだな…。」
しかし つられてうつ向いていた顔をあげ、
「死々若の体はやれねぇけど、きっと閉じ込められないでいい方法があっから。今はオレが友達だ、もう寂しくねぇべ!」
屈託のない笑顔を向ける。
陣…
漱石も笑みをとり戻し、陣に歩み寄り、そのまま……突き飛ばした。
「っ?!」
陣は崖から転落し、その下の底無し沼にはまった。
「げほっ…なにするだ!」
甘いんだよ、お前は。
またもとの高慢な態度が返り咲き、崖から陣を見下ろし高らかに笑う。
つまり、今の話は油断させるための演技だったのだ。陣は見事にその作戦にはまってしまった。
さらばニャン、この 間 抜 け!
漱石は背中を向け、去った。
わなわなっ
陣に怒りが芽生える。
「仮にも死々若の体だし手加減してたけど、もう許さねーだ…」
静かに呟くと、風をおこし始めた。
ゴゴゴ…
どんどん勢いを増す風は、沼の泥も容易に弾き飛ばし はまっていた体を助け、更に逃げ出した悪霊に迫る。
ゴゴゴゴゴ…
ひっ?!
「くらえぇっ!!」


オレンジの太陽が沈んだ頃、壺の復元作業はようやく終りが見えてきた。
「ただいまー」
陣が帰ってくる。身体中ひっかき傷と泥だらけだ。
「陣!その格好…。」
「んぁ、ちょっとてこずっただ。」
えへへと頭をかく陣。
「全く…無茶するなよ。」
「それで、死々若は?」
鈴木が駆け寄って問う。
「ホレ」
ひょいと片手で猫を差し出す。その姿は完全に動物に変化してしまっていた。
「なんでもまだ死々若の意識は残ってるから大丈夫だそうだ。完全にのっとり終わるのは明日の昼くらいだって。」
一瞬、もはや手遅れかと思った鈴木はそれを聞いてほっと息をはく。
「そうか…よかった。」
猫は首輪と鎖で繋がれ、逃げられないようにされた。

猫を追い掛け回っていた陣は勿論、一日中根を詰めて作業していた鈴木・凍矢も大分お疲れだ。猫の封印にまだ余裕があると知り、今夜はもう休息することにした。
陣が漱石に飯抜きの刑を強く希望したが、却下となった。
そして陣と凍矢は風呂を済ませ、早々に寝入ってしまった。

残されたのは鈴木と漱石。
よく見ると猫も傷だらけだ。
「お前も手厳しくやられたな。一緒に風呂行くか?」
しかし猫はそっぽをむいてしまう。
「…そう言わずにさ。少し話をしないか?」
有無をいわさずに猫を抱きかかえ、縁側まで連れていく。…念のため鎖は繋いだままだが。


「星が綺麗だな〜。」
猫を膝にのせてなごむ鈴木。
と、急に猫が暴れだした。いや逃げようとしているのではない。なんだか苦しんでいるように見える。
「うぉ、なんだなんだ?」
くっ…この体の持ち主が わしを押し退けて出てこようともがいておるぞ…
「死々若が?…よかった、ちゃんと意識があるんだな。」
鈴木は安心感を強め、猫を膝から抱き上げる。
「死々若。必ず助けるからあと少し待ってろよ。…今はこの漱石と話がしたいんだ。黙っててもらえるか?」
猫は鈴木のことをじっと見つめた。大丈夫!と言うと、ニャーと鳴いておとなしくなった。
「いい子だ。」
鈴木は猫の頭を撫でてやり、再び膝に戻した。
おかしな奴よの。わしと話?
「ああ。お前、400年も封印されてたんだろ?じゃあこんな綺麗な星も久しぶりだろ。」
そういってまた空を見上げる。
まぁな…。だがよく覚えている。今の空もあのころとちっとも変わりがないのう。
はっと、そう言ってなごんでいる自分に気が付いた。何故だろう、こいつの膝の上はやたらと心安らぐ。
陣に言ったようなこと…あれは本当は本当に本心なのかもしれない。

「なぁ…お前なんで封印されたんだ?」
頃合いを見て鈴木は一番訊きたかったことを切りだした。
猫は膝から降りて隣に座った。そして一言。
…人間のせいだ。
なごんでいた空気が一気に冷たくなる。
わしは猫の無念の集合体なんだ。

ある時代、ある地域。そこには身をよせあい協力して生きている猫の群れがあった。皆 一時は人間に愛され、そして捨てられた者である。
そこで暮し、やがて死んでいった猫達の恨みの念が集まり、この悪霊は生まれた。
人間に復讐を。悪霊はさ迷い暴れた。そして今から400年前、霊能力者に調伏され壺に閉じ込められた。
人間は勝手だ。おのれらの責任で生まれたわしをまた勝手な都合で消し去ろうとする。
猫はここまでの話を終えると、また膝の上に戻り丸くなった。
「そうだな…。」
鈴木は膝の上の猫を撫でてやる。猫は気持ち良さそうに目を閉じた。
「でもな、今はもうそういう時代じゃないんだよ。俺達も妖怪だけど、人間と共に暮そうとしてるんだ。」
フン…信じられんな、その考えが。
「いや、今のお前は恨みだけじゃないって、もう気付いてるだろ?」
猫は眠たそうにニャーと一言だけ鳴いた。それから返事はない。

本人は認めようとしないが、鈴木には分かった。素直になれない猫の気持ち。
眠りにおちたやすらかなその顔は、恨みの塊には到底思えない。
「似てるなぁ…ほんと。」
鈴木は誰にともなく呟く。
それから起こさないようにそっと部屋の中へ連れていき、自身も眠りについた。


翌日
早くから作業を再開し、ついに壺の復元が終了した。
「接着剤が乾くまで少しおいておこう。」
あとはもう、猫を封印するだけだ。
「でもそういえば、どうやって死々若の体からそーせきを引き離すだ?」
壺に魔力が残っているため、閉じ込めてしまえば封印はできる。どうやって悪霊だけを壺に入れられるのだろうか、決め手がないことに陣が気が付いた。
「やっぱあれか、王子様のキスで目覚めるのか?」
鈴木、夢見すぎ。
「んな事したら死々若に殺されるべ…。」
「大丈夫、壺の中にこんな物が入っていた。」
凍矢が差し出したのは一枚の紙。

取扱説明書
この度は悪霊をお引き取りいただき誠にありがとうございます。使用にあたっては以下の注意をよくお読み下さい。
・壺は割れ物なので取り扱いには充分ご注意下さい
・高温多湿を避け、幼児の手に届かないところで保管してください
・悪霊により生じたいかなる被害においても当社は一切の責任を負いませんのであらかじめご了承下さい
・開封後はなるべくお早めに封印してください

「なお、下図のお札を額に貼ると悪霊は簡単に封印できるので模写してご利用下さい…」
「なんだこりゃ!!」
「壺の保証書も入ってたぞ。保証期間がとっくに切れていたが。」
全員に一挙におそう脱力感…。

「ま、とにかく、これで死々若は無事元に戻れるだな。」
「壺ももういいだろう。」
凍矢が猫を連れてくる。
「じゃあ、貼るぞ。」
ぺた
…説明書はふざけているがやはり強力なお札らしい、貼った途端 封印が解けたとき同様の激しい光が生じた。

その光がやむと…
「死々若!!」
猫は消え、そこには元の死々若丸がいた。
「よかった…」
鈴木はその場にへたりこむ。
「鈴木…陣、凍矢。戻った…のか。」
「すまねぇだ〜、オレのせいで…」
「ま、とにかく一件楽着だな。よかった。」


「さーて、この壺どうすっぺか。」
再び悪霊が封印されたこの壺の処理に困る一同。凍矢の一言から山中に捨てておこうという流れになったのだが…
「待て。持っていくな。」
「へ?」
止めたのは一番の被害にあった死々若丸だった。
「捨てるのは許さんと言ってるんだ。」
「何を言ってるんだ死々若丸。」
死々若丸は凍矢の手から壺を奪った。
「おい、こいつは人間を恨む悪霊なんだぞ?」
「わかっている。…こいつの気持ちは誰よりもわかる。」

人間を恨む気持ち。その為に存在する現在。安らぎを知って揺らぐ気持ち。それでも 素直になれない 葛藤…

鈴木にだけは死々若丸の思いがわかった。…この悪霊は、死々若丸に似ている。
裏御伽という特殊な存在である死々若丸も同じように苦しんでいた時期があった。そしてそれは、鈴木やこの仲間達と過ごして解消された。
今この悪霊を放っておけば、永遠に救われないかも知れない。
自分にそうだったように、こいつには暖かい手が必要なのだ。
死々若丸はそう思った。

「いいだろ、鈴木。」
鈴木は何も言わずにうなづく。
「おい漱石、でてこい。」
呼び掛けると、壺の中からぼんやりとした塊が出てきて、やがて猫の形になった。つまりはお化け。
「いいところへ連れてってやる。」


それから
死々若丸たちがやってきたのは愛の戦士・男 桑原和真の家だ。
インターホンを鳴らして桑原が出てくる。死々若丸達の顔をみた瞬間ドアを閉じようとしたが、こじ開けて入って来られた。

「何でテメーらが来るんだよ」
「そういうな、せっかくお前なんかを頼りにここまで来てやったんだ。」
…死々若丸と桑原はいまだにイマイチ仲がよくない。
「貴様 猫が好きだそうだな、こいつをやる。」
そういって漱石を差し出す。なるほど愛猫家として名高い桑原なら可愛がってくれるとふんだのだ。
「ってお前…コレ幽霊じゃねーか!」
「左様。得意分野だろう?」
猫は好きだが死々若丸は嫌いな桑原。断ってやろうとした、その時…
「うわ〜可愛い!和真さん新しい猫飼うんですか?」
現れたのは雪菜。
「ああ、俺が猫を拾ったと言ったら是非引き取りたいというのでつれてきたんだ。」
「まあ!優しいんですね、和真さん。」
…死々若丸は嫌いだが雪菜は大好きな桑原。こうなっては断れない。
こうして漱石は桑原家で飼われることとなった。

「達者でな。」
「遊びに来いよ〜。」
その帰り道。
「しかし、死々若が動物に優しいとは意外だな。」
「フン、文句あるか。」
自分と重ね合わせただなんて、口が避けても言えない。
「おっ?照れてるだな〜。」
「うるさい!…ところで陣、今から自分がどういう目に遭うのかわかっているのか?」
「え……」
「俺をこんな目に合わせておいて、ただで済むとは思ってないよな?」
にっこり笑う死々若丸。…目が笑っていない。

「長くなりそうだな。」
「先に帰るか。」
…その後、死々若丸の復讐に遭う陣。逃げ出した漱石を捕まえるのに体張って頑張ったのにね。
「自業自得だ!」by死々若丸


終。

…長っ(もういいよそのツッコミ)そして毎度毎度、お待たせいたしました!m_ _)m" 「若、動物化」とのリクエストでした!……あれ、若 あんまり出番ないですね(汗)完成間近に気付きました(馬鹿) ちょっと若について自分的解釈入れすぎたかなーと思ったんですが、私はこう思うのですよ。 しかしなんだか阿呆なお話になりましたねー。なんかもーいろいろとスミマセン!