夏が終わる。
ミーンミーンミーン……
蝉の声がやかましく響く昼下がり。
夏真っ盛りだ。
「あづい…」
こんな暑い日はいつもの和服を脱ぎ捨ててTシャツ姿の死々若丸。長い髪を高い位置でまとめて、それでも暑い体にうちわで必死に風をあてている。
台所から昼食を用意してやってきた鈴木。
「ほれ、食わんと夏バテて余計だるいぞ。」
「んー。」
テーブルに着くのも面倒くさそうにのそのそ動く。本日の昼食は素麺。
よく冷えた素麺をちるっと一口いただけば心に涼がしみわたる。
「うまい。」
「よかったよかった。夏の台所は死ぬほど暑くて大変なんだぞー。」
「ふん…全く、夏なんてロクなものではない。凍矢なんて今頃溶けてるんじゃないか?」
「シャレになんねぇな。」
死々若丸は夏が嫌いだ。ひたすら暑くて何事にもやる気がおきないし苛々する。
そんな死々若丸に毎年振り回される鈴木。
食欲が無い と せっかく作ったご飯を食べてくれなかったり、近づくと怒るのでいちゃいちゃするのもいつも以上に困難…暇さえあれば夏についての愚痴を言ってるその精神状態も心配だし、暑くて自分の研究室にもこもれない。あぁもう散々だ。
しかし鈴木は夏が好きだった。
夏ならではの行事 というのが沢山ある。
「まぁ、祭や花火は嫌いではないがな。」
そんなことを言ってる死々若丸は、珍しく二の腕。鎖骨。うなじ…
これぞまさに夏姿。
加えて祭となれば浴衣。海に行ければ水着…!?
考えただけでも……夏、サイコー!!
というわけである。
「…人の話 聞いているか?」
ハッ!
しかしなんだかんだいってどんな異常気象でもここは日本、季節は変わる。
お盆が過ぎた八月中旬。
『捕ったー!スリーアウト、試合終ッ了ー!』
TVからは高校野球選手権大会決勝戦の実況アナウンサーの声。
高校球児の夏が終わった。
「いやー、いい試合だったなー。」
「あぁ…もうこんな時間か。」
昼から始まった熱闘が終結したときには既に夕方になっていた。
「日が沈むのが早くなってきたな。」
窓からは涼しい風が入り込んでくる。
「夏も終わりか…」
少し肌寒くて窓を半分閉める鈴木。
「夏の終わりは…夏よりも嫌いだ。」
「…?」
「お前は哀愁を感じないか?」
「ああ、成る程‥」
あれだけ暑くてうっとおしかった日々が急速に力を無くしていく。
この先に待っている落葉の季節とはまた違った哀愁が、夏の終わりにはある。
「暑いときは冬になれーとか思ってるんだけど、今頃になるとなんかちょっと寂しいよな。」
「…嫌いだ。」
鈴木にはよくわからなかった。死々若丸はただ暑いのが嫌いなんだと思ってた。
しかし、ふと、気づく。
そういえば、死々若丸の前身である義経が没したのは暑い時期だったと聞いたことがあった気がする。
魂の記憶。何かそれに関係しているのだろうか。
多分死々若丸にもよくわからない。わからないから、余計嫌なんだと思った。
「……
死々若、花火しよう。」
「は?」
「こんな時期だから安くなってたんだ。買ってきたの忘れてた。」
「はぁ…」
空が薄暗くなったと気づけば それからとっぷり暮れるのはなんでこんなに早いのだろう。
大きなバケツに水をはって、二人だけで始めた夏の終わりの花火。
二人だけではやりきれないほどの量であるが、夏との別れを惜しむように派手に味わう。
「線香花火は無いのか?」
「無い!地味なの嫌ーい。」
カラフルな火を振り回しながら無邪気に答える鈴木。
「全く 情緒の無い‥しかしお前らしいな。」
「これで最後だ、いくぞッ」
打ち上げ花火に火をつける。
ドーン!
「死々若!
来年も一緒に花火やろうな!」
空に消えゆく火に照らされながら、はっきり伝わる満面の笑み。
来年…か。
夏は嫌いだ。
でも何故だかその笑顔を見たら楽しい気持ちになった。
だからまぁ、今年は許してやろう。
リーリー
響く、澄んだ秋の虫の声。
夏が終わる。
そしてまた次の季節。
鈴若なら絵でも小説でも‥とのことで、季節っぽい小説をお届けいたしました。夏の終わり‥丁度今頃ですね。
なにやら季節感やら情緒みたいなものが伝われば幸いです。いとをかし。
ところで才捻美さんってもしかして花火が大好きですか?(知らんがな)
秋菜さん、いかがだったでしょうか?キリ番報告どうもありがとうございました!