人間界には冬が来た。凍矢のような氷属性の妖怪ではないけれど、そりゃ鍛えてますから、ちょっとくらいの寒さにはへこたれません。…だからって別に暑いわけでもなし。妖怪だって季節が深まれば厚着して、暖房をつけて冬の味覚に舌鼓を打ったっていいじゃない?
そんなわけで俺は、愛しいあのこのためにマフラーを編んでいます。手編みのマフラーなんて古い?貰った方は困る?まぁそんなことも世間では言うけれど、俺のなら大丈夫!俺の器用さはご存知の通り。そこらの恋する乙女の青々しい手作りと一緒にしてもらっては困るのだよ。
プレゼントにはサプライズが必要だ。だから死々若の隙を見て密かに製作し…
それが、多少不自然に避けるような形になってしまったのかもしれない。
***
太陽もとうに南中し、死々若丸は昼食を済ませ、ゆったりと少しまどろんできたなという頃に鈴木は自室から出てきた。
「おはよう死々若、昼飯食った?」
よく考えると矛盾した挨拶。死々若丸は何も言わない。
「いやごめんちょっと寝すぎちゃった。」
こんな時間まで寝ていた割にはハキハキしている鈴木に、若干不審な目をむける。この鈴木、昨晩は「眠くてたまらないから今日はもうおやすみ」とかいって早くに自室へ下がってしまったのだ。
半日以上も…寝てた?
「体調でも悪いのか」
明らかに心配しているような言い方ではない、皮肉を込めて死々若丸は冷たく言った。
「いや、別に? さ、ラーメンでも食おうかな〜。死々若も食う?」
「いらん!」
鈴木は何事もないようにふるまっているつもりだが‥そうして死々若丸は居間を出ていってしまった。
死々若丸の機嫌がちょっとくらい悪いのはよくあることだし、今 鈴木の脳内は、素敵に仕上がったマフラーを手渡す格好いい俺と 喜ぶ死々若丸の笑顔(妄想)でいっぱいだった。だから、肝心の相手が"今"何を思っているかという事に気が回っていなかった。
***
(なんだあいつ…アイテム研究なら研究室にこもるだろうし…なによりそんな黙って…ふん)
苛々ぶつぶつ…死々若丸が早足で縁側を部屋に向かっていると、ちょうど外に陣が現れた。
「あ、おーいししわかー!」
と、姿を見るなり垣根を飛び越え、縁側に着地する陣。
「なんだ、どうした?(というか玄関から来いよ)」
「いや、連絡があってよ。(だって丁度いただもん)」
ポケットからカンニングペーパーを取り出す。
「『12月24日、オレんちでくりすますぱぁーていをやるので来てください』…だ。」
「クリスマス?…もうそんな時期か。どうせ飲んで騒ぎたいだけだろう?」
「へへ…酎が言い出したから、多分そうだべ。」
ふっ、と小さく呆れつつも、みんなで集まるのは悪くない。死々若丸が了解の旨を述べると、陣は無事にお使いを済ませられて満足そうにまた飛んで帰っていった。
少し機嫌を直し居間に戻ると、昼飯を食っているはずの鈴木はもう姿を消していた。
(なんなんだ、アイツ…)
冬の冷たい風が、部屋の中を駆け抜けた。死々若丸はすっかり鈴木に宴会の誘いを伝える気を失くし、そのまま当日…クリスマス前夜がやってきた。
***
こそこそ、連日徹夜の勢いでプレゼントのマフラーとクリスマスの飾りを準備していた鈴木。今夜は素敵なクリスマスイブになるはず…信じて疑わなかった。
ついにすべてが完成!鈴木は居間へと走る。
「死々若!今夜空いてるよな?!」
…へんじがない…
「あれ?」
死々若丸の部屋、風呂寝室トイレ、家中の部屋という部屋の隅々を探ってみたが、死々若丸の気配はちっとも無い。
「あれれ…?」
死々若丸は鈴木を置いてとうにパーティへと出かけてしまっていた。
今晩はいつにも増して 冷える。
「おう、来たか!」
「メリー☆…あれ、鈴木はどうしただ?」
キラキラとんがり帽子で迎える陣。しかし、やってきたのは死々若丸一人で 鈴木がいないことにすぐ気がついた。
「知らん。寝てるんじゃないか最近やたら眠いようだから。」
「はぁ?」
「寝てるって…体調でも悪いのか?」
凍矢の問いに不機嫌そうに首を振る。
「なんだそりゃ。ちゃんと誘ったんだろうな?」
酎が陣に責め寄る。
「オレちゃんとこないだ死々若に伝えて…」
「鈴木も誘えとは言われていない。」
屁理屈。
思ってもない事態に酎、陣、凍矢の三人は顔を見合わせた。こんな日にまぁた喧嘩してやがるのか?多分また些細なことが原因で拗ねているのだろう…。外の冷たい空気のせいかそれとも。少し顔が赤い死々若丸が可愛くて、「仕方ねえな、今日はとことん飲め!」と、部屋の中へと引きずり込んだ。
そして始まったクリスマスパーティ…もとい男四人の飲み会。
「鈴駒はデートだってよ。あいつめちゃっかりしやがって…俺だってできるなら棗さんと過ごしてぇ」
「彼女は雷禅の旧友らでのパーティがあるらしいな。」
「幽助もダメだって言うし…。」
このパーティ、本当はもっと沢山の人を呼びたかったのだが、やはりクリスマスイブの日はそれぞれ相方とロマンチックに過ごすのがお約束なのである。
「今度また日を改めて忘年会でもしようぜ!」
「お前は飲みたいだけだろ!」
***
人数は少なかろうと、酒が進むうちに無意味に楽しくなってくるものである。特に酎と陣はもうどれだけ飲んだのか…すっかりテンション高くはしゃいでいた。
それよりかまだ少し冷静な死々若丸は、ふとキョロキョロ周りを見渡した。
「今は23時半だ。」
追加のおつまみを持ってきた凍矢が言う。
「別に時間など気にして…」
残り少なになっていた死々若丸のコップに酒が注がれる
「それでは、気にしてるのは "今 鈴木がどうしてるのか" か?」
ガラン
思わず 持っていたコップを落としてしまった。割れはしなかったものの中身がこぼれ、テーブルに池を作る。
「あ!コラなにしてるだししわか〜!」
「なんだぁもう酔ってんのか?」
「それはお前らだ!」
そんな中冷静に台所からふきんを持ってきてテーブルを拭く凍矢。
「先に帰っても構わないからな。」
…いつもいつも、鈴木とのことで凍矢には世話を焼かせてばかりだ。バツの悪い気持ちになりつつ、処理の手伝いもせずにつまみの豆を一粒口へ運んだ。
「へっくし!」
その頃、一人で家に残されている鈴木。
「ちゃんと帰ってくるんだろうな…。」
ぽそり呟き、時計を見やる。少しい身震いして、冷える体をより深くこたつに沈めた。
***
終わりそうにない宴に見切りをつけて死々若丸が帰路についたのは、サンタもとうに仕事を終えた頃。火照った体を冷たい空気が容赦無く刺す。体温とか水分とかが 体内から全部蒸発してくんじゃないかと思うほどいちいち白い 息を吐きながら、玄関の扉を開けた。
家はもちろん明かりはついていないし、暖房なんて効いていない。あいつは寝てるのかそれとも居ないのか…どうせ俺のことなどどうでもいいのだろう。ふてくされながら居間に行く。
戸を開けると…暗くて見えないが、何か 居た。
「すず…き?」
近寄ろうと一歩前に踏み出す。と、何かにつまずき物音がたった。それで目を覚ましたらしい鈴木は
「っあー!死々若!しまった、帰ってきちゃった!!」
その態度にムッとなり
「なんだ、居ない方がよかったのか。じゃぁ俺は陣たちのところへ戻る。」
「違ッ違ッ!あぁ…ッくしょー最近寝不足だったから…」
「…俺にはいつも寝てると言っていたくせに!!」
声を荒げ言い捨てると、体を反転し本気で出ていこうとする。その肩を鈴木は必死で掴んで止めた。
「ちょッ待てって!」
そのまま抱き寄せ、落ち着かせようと頭をぽんぽんするが、腕に爪を立てられるばかりだった。
「だーかーらぁ…」
そっと体を放し、戸の前の一点に死々若丸を立たせる。
「いいか死々若、ここから動くなよ。とりあえずそこに居ろ。」
死々若丸は不満な表情のまま従った。鈴木は 先ほどまで寝ていた位置に戻ると、カチッと、なにかスイッチを入れた。すると…
ぱっ
暗かった部屋にぼんやり暖色のあかりが灯り、部屋に置かれた大きなクリスマスツリーにスポットライトが当てられ、またツリーも七色の輝きを放ち始める。天井からはいくつもの星型の飾りがぶら下がってきて、雪のような紙吹雪が舞った。どこからかクリスマスの音楽が流れ、部屋の隅々に置かれた大小さまざまな箱が次々と ポン☆ と音を立てて中身を現した。それは人形だったり、踊るツリーだったり、お菓子だったり…
あまりの賑やかさに目を丸くしていると、今までで一番盛大な…爆竹のような音と眩しい閃光が放たれた。ようやく全てが止んだと思ったら、死々若丸の目の前にひとつの箱が出現していた。
「メリークリスマス、死々若!」
舞う紙吹雪の中で 少し照れた笑顔を向け、死々若丸の頬に付いた銀色の紙吹雪をとってやる。そしてぽりと頭をかき
「ずっとこの、仕掛けを作ってたんだ…死々若とクリスマスしたくて」
が
「でも当日になったら肝心の死々若いないし!本当は部屋に入ってきたのに反応して自動で仕掛けが始まるようにしたかったのに、死々若いつ帰ってくるかわからないから、そうすると俺が部屋から出入りできなくなるからトイレにも行けないしだから手動スタートに切り替えたら待ってる間に寝ちゃって死々若帰ってきたの気付かないしあぁもうぐだぐだ…。」
一人で珍妙な苦悩っぷりを披露する鈴木。打ちひしがれたポーズで固まる彼を前に死々若丸は
「くだらん。馬鹿め。」
「ふがっ…!」
キャッキャとはしゃぐわけもない。
「で、これは何なんだ?」
それよりも先ほどのパフォーマンスの最後に現れた箱を手にした。
「そうそう、実はそれが一番手間かかってて…ラッピングにも工夫を凝らして、クリスマスカラーを基調にポインセチアをイメージしたリボンと…」
ビリビリビリ
言っている間に派手でまどろっこしいラッピングは乱雑に剥がされた。中から現れたのは、
「マフラー?」
毛糸のマフラーだが、どこぞの高級ブランドが編んだんだと思うくらいに綺麗にそろった目、柔らかで暖かな手触り。死々若丸はおもむろにそれを首にかけてみた。…悔しいが暖かい。しかし、二回、三回巻いてもまだ余る。ちょっと長すぎやしないか…
「二人で巻けるように、超☆長くしてみました!」
体勢を立て直し、すかさずナイスガイポーズを決める鈴木。さぁ巻こうといわんばかりにすり寄る。それを受けて死々若丸は、マフラーの端を手に取り、鈴木にぐるぐる…
…ぐるぐるぐる、ぎゅっ。
「よし。」
長いマフラーを縄のように鈴木の体に巻きつけ、きつく縛ってしまった。
「そんなに巻きたきゃ一人で巻いてろ」
「こら!のびる!のびてしまう!!」
哀れ、もがく鈴木。しかし 喋々結びで束縛された自分を見て
「これはこれで…プレゼントは俺☆っぽくない?! さぁ存分に召し上がれ!!」
前向き…。
死々若丸はそれをシカトして、食卓に出現したケーキに向かった。鈴木はそのままぴょこぴょこ後を追いかけるが、思うように体が動かせなくてすっ転ぶ。
這いつくばってなんとかたどり着いた死々若丸の隣。体重をかけて寄り添う。
「こーやって過ごしたかったんだけどな…。」
愛し君から、酎の好きな酒のにおいがするのが癪だった。もっと体温を感じたくてその胸に顔をうずめる。
死々若丸は切り分けもせずに食べていたケーキのいちごをひとつフォークに刺して、鈴木の口元へ運んだ。
「それやるからしばらく黙っていろ。」
唇で受け取った鈴木と顔を合わせながら
「お前のことはこの後いただいてやる。…たっぷりと な。」
不敵な笑みを浮かべられて、思わず赤面した。
「…ストーブ、つける?」
「いらん。」
ツリーの光に照らされる死々若丸の頬も赤く見えた。触れる肌は暖かい。もちろん 酒のせいとかそんなことではなくて。
…この晩は最低気温と最高気温の較差が、この冬最高だった、らしいですよ。
fin.
お待たせし…本当はもっとお待たせしてしまうつもりだったのですが、うっかり脳内にイエス君が降臨なさったので、禁断のクリスマスネタいってしまいました…。
ラヴい?
暖かく過ごすというか、これから暖かく過ごす鈴若でした。つまり二人でいれば寒さもヘッチャラ☆という話ですよ…おぉ寒。
めだかさん、リクエストどうもありがとうございました!