月も無い、星も無い、真っ暗な夜。
こんな夜は少し苦手だ。闇が、自分には心地よすぎるから。
今日は不機嫌な人間界の空。立ち込める暗雲、澱んだ生温い風は魔界を彷彿とさせた。
そんな空気に凍矢はどうにも寝付けず、ひとり寝室から抜け出して空を見上げた。
夜こそが忍の活動時間であり闇こそが力を最大に活かせる舞台。
赤黒く、不穏にも雷が絶えず鳴り響く魔界の空の下、その深い闇の中で生きてきた。どんなに暗くとも視覚は利くし、すべての物が気配を殺した静かな空気はなんとも心が落ち着いた。
それが当然のことだったのは、闇しか知らなかったから。
気付いてしまった 眩しさに魅かれ
光を求め、闇を捨てた。
しかし染み付いた忍の性質は簡単に変えられる筈もない。
もうすっかり 光に、人間界に、馴染んだと思っていた。世界を覆う程の輝きを放つとはいわないまでも、遥か遠い光に届かない闇の深淵から焦がれるだけの頃とは違うと思っていた。
それが、どうだ。
高ぶる神経はまるで細胞が昔を懐かしんでいるかのようだ。
ここでは光に飛ばされて普段は気付けない 暗い部分がよく見える。追い求めるうちに、強い光を欲するほど闇は濃くなることを知った。まるで光に敗れ、焼かれ、焦げ付くように。
不安になるのだ。
お前に光は不似合いだ、手に入らない、諦めろといわれているようで。
ふっ、と、自嘲気味に溜め息を吐いた。
(馬鹿なことを 少し考えすぎた。)
まだ澱んだ夜は明けない。
やがてわずかに空が明るめば、まるで呑まれるように 闇は追いやられ 消えるのだろう。
自分はもう闇と決別したんだ。振り返って己の影を見てはいけない。ただ我武者羅に自分を磨くしかないのだ。
必死で心に 青い空を呼び起こした。闇に呑まれない為にと、重い夜から目をそらした。
ト
と、小さい足音とともに馴染んだ気配が現れた。それは振り返る間も無く己の隣に、ふわり、舞い降りた。
「…陣」
呼ばれた主は、同じく魔忍として闇を生き 光を求め共にはい上がった同志である 陣。
彼は頬杖をついて上目遣いに空を見上げた。
「魔界みてぇな空だなや。」
温い風が赤毛を揺らし 頬をねっとりと撫でるのを、くすぐったそうに眉をひそめた。
陣も眠れなくて、同じ事を考えていた なんてことがあるだろうか。凍矢は思った。陣ならこの気持ちを共有してくれるだろうか。
不眠に疲れているような様子は無い。しかし寝ていたのかというときっとNOで、それでも辛くないのはそれが俺たちの普通だったから。
きっと同じ事を感じている。それだけで安心できた。一人で抱え込まなくていいという、仲間がいるという安らぎ。同時に、同じ境遇の陣さえも 闇から逃れられない事を不安に思っているのだとしたら 二人共もがいても届かないのだとしたら 一体どうしたらいいというんだ とも思った。
何も言わないまま 陣は急に風を操り空中へ跳んだ。
「…?」
瞬時に屋敷の中空へ辿り着き、意識を集中させだしたと思えば大きな竜巻が渦を巻き始めた。
ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ と空が啼く。凄まじい勢いで風が集まっていく。とっさに気合いを入れても華奢な凍矢は飛ばされそうになった。
「じん、なにを…?」
それでも まだまだ、といわんばかりに風を作る。幻海師範の元で修行を続ける陣の妖力は勿論 暗黒武術会の時とは比べ物にならない。本気で、この屋敷ごと むしろ山ひとつ丸裸にしてしまうつもりかという嵐が吹き荒れた。
「はあぁぁっっ!!」
ようやく
嵐を収めた陣は、「あ〜スッキリした」と言わんばかりの爽快な笑顔で地上に降りてくる。
「お前なぁ…何やってるんだ!」
歩けば舞い散った落ち葉がガサガサいう。降りしきる花びらや土埃にむせながら 着陸した陣の元へゆくと
「ホレ、闇に、光!」
空を指差す。
そこには…満天の星空が。
厚い雲、澱んだ空気を風で吹き飛ばしたおかげで 空は澄み、星が姿を表したのである。
「キッレーだな〜!」
あまりの行動、あまりの光景に凍矢は目を丸くした。
「凍矢、あんなにちっちぇく見える光でもこんなにキレーなんだな!」
「あ…あぁ。」
儚いと思った。
自分の夢は闇の中で今にも消えそうな光だと。
しかし、
青空だけが空じゃない。
昼だけが世界じゃない。
光はどこにでもあるのだと。そして、闇を 恐れることはないのだと
知った。
(そうか。)
自分は焦り 目を塞いでいたんだ。変わるというのは過去を否定することではない。すべてを 包み込むことだ。
「陣…」
「お?」
「ありがとう。」
一瞬きょとんとした陣だが、凍矢の この空のような澄みやかな笑顔に、一緒になって笑った。
わずかに空が白んできた。闇がかき消されていく。しかし その光景は もう 怖くはなかった。
翌朝になれば 風になぎ倒された樹木を見た仲間たちが「夜中に陣が寝ぼけて大暴れした」と噂すると 今はまだ知らない二人だった。
fin.
なんと申しますか、は、半年もおお待たせしてしまい申し訳ございませんんん…(沈)
ただひたすらに頭を下げる他に手段が見つかりません!
凍矢の小説。ちょっと暗め でしょうか;
なんかこうやってどことなく悶悶しているのを ちょっとしたことで救われる というお話が好きです。
いつかふと思い出して通りすがったときにでも見ていただけたら幸いです…。鞆湖さん ありがとうございました!