目を閉じれば今でもリアルに蘇る、全てを失ったあの瞬間。人生で一番惨めだったあの時。
それが今の、「鈴木」の原点。


強い妖戦士田中は自分が誰より強いと信じて疑っていなかった。世の中がどれだけ広いかも知らないで。
しかし、ある事件をきっかけにその考えは変わらざるを得なかった。
その日、たった一人の妖怪の圧倒的な力によって、何もかもが奪われた。
妖怪の名は戸愚呂。
田中の生活も、大切な人も、プライドも、全ては簡単に崩れ去った。
あまりの力の差に、ひれ伏すしかなかった。
なにも護れなかった。

「俺にはあんたがゴミにしか見えない」
脳内でこだまする戸愚呂の台詞。
一人生き残った田中は、不甲斐ない自分が許せず悩み苦しんだ。
もっと勇敢に戦うことはできなかったのか?
あんなに無様な姿をさらしてまで生き残る価値が自分にあったのだろうか?

ゴミはゴミ箱へ
いっそ死んだ方がましかとも思った。でも、できなかった。死は一瞬の苦しみ。それだけでは、己への戒めにはあまりにも不十分だった。

激しい自己嫌悪とわずかに残る恐怖心。しかしそれ以上に沸いてくるのは、リベンジの念。
力が欲しい。
戸愚呂を、そして自分を乗り越える力が。

ゴミはリサイクル、だろ。

男はその名を棄て、鈴木と名乗りだした。
田中の業を洗い流すために。忌まわしい記憶を克服するために。


そもそも"田中"というのも本名ではなかった。己の強さを信じ覇王伝説を作ることを決意した際につけた名前だった。
何かある度にこの男の名前は変わった。
この男…現・鈴木にとって名前というものはあまり重要でなかった。例えれば、年末に部屋を掃除して忘年会をひらいて一年をさっぱり片付けるようなもので、古い自分を棄て新しい何かを迎えるためにそれは行われた。
過去の自分を乗り越えるために、よりよい自分を目指して。

どんな姿形であろうと"俺"という存在は"俺"というこの意識にある。それさえ知っていれば名称は何でもよかった。
それでもいつか、末永く一緒にいられる誰かと出会ったら、流浪の旅は終りをつげるのではないかと信じていた。つまりその時は一つの名前に落ち着く時。
"田中"はまだまだそれには未熟すぎた。
発展途上の"鈴木"がひたすらに目指すのは暗黒武術会。
田中の仇・戸愚呂はそこにいる。数十年前、奴はそこでひたすら強さのみを求めて妖怪に転生した。
奴は純粋な破壊力それこそが強さだと言った。
そんなの違う!
田中は…鈴木はそう信じていた。しかし自分がそれの前に破れ去ったのは事実。
強さを語るには田中は弱すぎた。それでも曲げられない信念があった。
だからこそ、今度こそ。あいつの目を覚ましてやる!

それだけを胸に修行を重ねた。





「美しい…」
開発中の新必殺技を放った鈴木から思わず嘆息がもれる。
波長の違う妖気を組み合わせた光線が、想像以上に美しい出来。我ながらうっとりしてしまった。
魔界の重たい空に虹のようなカラフルな輝きが映える。
これはいける!よし、威力の向上を…それに何か可憐な技名を考えなければいけないな。
「カラフル…いや、ビューティフルトルネード。はたまたサイクロン…。」

と、何か妙な気配を感じた。周りには誰もいないはず。見晴らしの良い場所だからすぐに分かる。
そのとき、虹が消えた。消えたというよりも何かに"吸い込まれた"といった方が正しかった。光源を失い、辺りが急に暗くなる。
犯人はすぐに分かった。虹が吸い込まれた根本に行ってみると、そこには一本のヒル杉が生えていたのである。
ヒル杉…噂に聞いたことがあった。気を吸い取って生長する魔界の木。鈴木は現物を見るのははじめてだった。
あまり近付くと己の気が無理矢理吸い取られてしまう。距離をとってしばらく観察してみた。

…面白い!
見れば見るほど興味をそそられた。
この木、ただ気を吸い取るだけではない。吸い取った気によって生長の仕方が微妙に変わるのだ。気というものはひとりひとり違う。その違いが生長に反映され、個性的なかたちを作り出していた。
うずく好奇心。
この性質を活かして魔具を作ったら、それはひとりひとりに合った世界で一つだけのアイテムとなるだろう。

昔っからアイデアの豊富さには自信があった。それは名前を変える度に個性豊かなキャラクター作りに発揮され、魔界独特の植物などを使った多種多様な魔具を作るのにも活用された。
旅をしながら、自分では使いきれないほどの魔具を開発してきた。今回ヒル杉と出会ってまたそれが一つ増えそうである。






妖怪同士の衝突に巻き込まれ、傷を負った鈴木。
何匹もの妖怪がたった一人に圧倒されていた。襲いかかった奴は次々と始末され、最後に残ったのは鈴木だけ。
相手はまだ若いようだった。見た目もまだ成長しきっていない感じで、どことなく幼さが残る。
だが強い!
多分、自分よりも。自分が決して強くないこと、もっと凄い奴が魔界にはごろごろいることを知っていたので驚きはしないが。
再び経験する絶体絶命のピンチ。…いや、あの時と比べたらなんてことない。あんな思いは、二度としないと誓ったんだ。
負けるわけにはいかない―
その思いだけで立ち上がった。

彼から逃れ住処に戻ってから、鈴木は今まで作っていた魔具の山をあさった。探しているのは、例のヒル杉で作った刀…
ほどなくそれは発掘された。
さっきの少年の武器は刀だ。―これを彼にやろう。
たった今戦ったばかりの相手に何故そんなことをするのか、自分でもわからない。ただ実験台が欲しかったのか、それとも…。
何故だろう、彼に心ひかれていた。
彼には「修羅」という言葉がぴったり似合う気がした。他人を憎むことしか知らず、常に戦いに身をおいている…そんな感じがした。

元の場所に戻ったところで少年はもういなかった。
―当たり前、だよな…
だが、辺りを散策すれば彼の噂はすぐに耳に飛込んできた。この辺りでは有名らしい。
「赤い鬼」
それが彼の評判だった。いつも返り血を浴びている姿、恐ろしく強くて、残忍なその性格から名付けられた。
鈴木は噂を頼りに彼を探してまわった。どうしてこう運がないのか、見付かるのは彼の仕業とおぼしき血痕ばかりであった。


「ぐ…うあぁっ」
どこかで戦いの音がする。
この声…あの少年だ!
駆け付ける鈴木。
現場では、少年は刀を失い、今にも妖怪に殺られそうになっていた。
「レインボーサイクロン(仮)!」
新必殺技は、彼を襲う妖怪を一瞬で消し去った。

助けられた少年は悔やんだ。
今まで出会ったことのない強い敵。始めて気付いた己の小ささに嫌気がさす。
彼は自分を責めた。負けた自分が情けなくて、許せなかった。その姿を目の前に鈴木は"あの時のこと"を思い出した。
程度は違えど戦いに絶望を知り、それでも彼は戦いつづけた。例え命が終わろうと。
田中にはできなかったことだ。
それがいいことだとはいわないが、その芯の強さに鈴木は敬服した。

「自分が許せないなら、もっと強くなって乗り越えればいい。」

彼を励ますようなその言葉は、同じ状況の自分に言い聞かせた言葉。田中が鈴木になる言葉。
少年は、飄々とした態度に似合わない重みを帯びた言葉に、この青年の過去を感じた。
…俺達は少し似ている。
強さを求めるその姿から、二人の間に不思議な引力が発生していた。

「貴様、名は?」
「…鈴木。」
鈴木は鈴木になってからはじめて人に名乗った。
少年の名は"死々若丸"
「死々若丸、これをやろう。」
さしだしたのは例の刀…ヒル杉の効果で世界に一つだけの刀ができる魔具だ。
受け取った死々若丸は興味半分疑い半分。
鈴木は貸しだ借りだ言うつもりは無くて、ただ、強くなってほしいと思った。同じ思いを持つものを応援したかったのかもしれない。
「縁があったらまた会おう」
それを最後の一言に別れる二人。


"強くなる"
似通った二人の目標。その先で求めるものは違っても。
今はまだ別々に追い掛けよう。
そして、もしもいつかまた会えたなら…
その時は、一緒に夢を叶えたい

この広大な魔界でまた会えるなんて保証はないけれど。
運命の糸に期待


過去シリーズ第一部、二章。その名もズバリの鈴木さん追憶編。もしくは捏造編。
はたして戸愚呂戦がそんなに重要なものだったのかはさておき、殺されかけた相手に逃げずに再び挑もうとした鈴木さんは最高に格好いいと思います。男前!ピエロだけどネ!
そして運命の出会いとひとまず別れ。再会するのはいつのことやら…。