死々若丸。妖怪。
属性、裏御伽。
それは 物語の登場人物の邪念から生まれた存在。
それは 純粋な 悪。

死々若丸は自分が裏御伽であることに誇りを持ちその使命に忠実に生きている。
彼は過去を語らない。どういう事情があったのかは知らないが、それ以前の生活はなかなか乱れたものだったらしい。
生きる意味も知らず、流されて、苦汁をなめた日々。憎しみ以外の感情はとうに凍りついた。

闇に埋もれそうな生活から彼をさらった者。それが、同じ裏御伽の弁慶だった。
出会った二人の裏御伽は戦いの道を歩み始めた。

悪として名をあげる
正義を口にする奴は滅ぼす

それが裏御伽の信念。




通りすがりの妙な男に刀をもらってから長い時間がたった。

死々若丸は、まだあどけなさが残っていた当時と比べると、ずいぶん大人びた様相に成長した。
その秀麗な容姿は世の女性をとりこにし、いつの間にかファンクラブなんてものまで結成されていた。(本人もまんざらでも無いらしい)
もちろん成長したのは見た目だけではない。
彼の妖気を吸い生まれた唯一無二の刀、魔哭鳴斬剣。その恐ろしくも強大な力を手に、向かうところ敵なしの生活を実施している。

こうして弁慶と二人で「悪」を遂行する死々若丸の名前は着実に魔界に広がっていった。
野望は順調。




***




…どのくらい歩いただろうか…

魔界を放浪する死々若丸と弁慶が今いるここは断崖絶壁の山中。行く手に森があったからとりあえずまっすぐ突入してみたものの、これがなかなか険しかった。
草木を分け、道なき道を行き、ようやく道が開けてきた。
「あ…!おい、集落があるぞ。」
住居とおぼしきものが見えて弁慶が思わず声を上げる。
しかし、後ろを歩く死々若丸から返事はない。
見るとその表情は冴えなく、呼吸も荒い。
「…大丈夫か?お前まだ体調が悪いんじゃ…」
「ふん‥‥少し疲れただけだ、体調など悪くない。」
強気な言葉ではねかえすが裏腹、肌色も青く声もか細かった。
こりゃいかん。今日は早々に休もう。

もう少し歩くと平坦な道に出て、すぐに邑の入り口が見えた。


"武力追放"

邑の入口にはそんな看板が掲げられていた。
どうやらこの邑、魔界ではなんと稀有なことに平和主義を掲げているようだ。そういえばここら一帯では血肉の臭いさえしない。
悪を推奨する裏御伽にとってはあるまじき、耐え難い事態である。
「気色の悪い…虫唾が走るわ。」
死々若丸は嫌悪をあらわにした。青い髪の間から二本の角が出現する。
しかし体調がついていかない。少し殺意を発しただけで立ちくらみがした。
「落ち着けよ、今はいい。」
弁慶が諫めるが遅かった。この邑にそぐわないにおいを嗅ぎつけて警備隊とおぼしき男が数人駆けつけてきた。

「武器を置いて手をあげろ。ここは貴様らのような奴らのくるところではない!」
おそらく選りすぐりの警備隊なのだろうが、見るからに弱そうだ。二人ともまともに相手する気はない。
「ほら、お前が騒ぐからウザイのが来たぞ‥仕方ねぇな」
「いい、俺がやる。」
と、死々若丸は刀を抜いた。次の瞬間には目の前の奴らはこの世のものでなくなっていた。

「所詮正義を口にする奴なんてこんなもんだ。」
刀についた血を拭いながら冷酷に言い放つ。


***


邑から少し離れた場所に本日の寝床を確定した二人。死々若丸は今日はいよいよもう動けないといった感じだった。

…死々若丸の体調はもうずっと長いことよろしくなかった。
はじめは調子が悪いといっても一時的な軽いものだと思っていた。しかしそれは回復する様子もなく悪化の一途をたどり今に至っている。
それまで大きな病気などはしたことがなかったのに、いったいどうしてしまったというのだ。

そんなことを思いながら弁慶はふと、刀に目をやった。
……?

「お前、この刀どこで手に入れたんだったか。」
死々若丸はものすごくけだるそうにこちらを向く。
「前……すずき?…に、もらっ た。俺の気 に合わせて成 長する 刀。」
「そのスズキってのは何者なんだ?」
「し らない」
弁慶は驚いた。そんな得体の知れない刀を使っていたなんて。

「……確かにこの魔哭鳴斬剣でお前は強くなったな。
だが、お前が体調を崩したのはこの刀を手にしてからじゃないか?」

ずばり。

「つまり、この刀がお前の体を蝕んでいるのではないか?」

「な…!」
カチン ときて起き上がったが、今は反撃する余裕がなかった。力なく再び横になる。
「…何故そんな得体の知れない奴を信用するのだ。仮にそいつが本当に"いい人"だったとしても、そんなのはお前が一番嫌いな人種だろう?」
「しかし」
「とにかく!この刀はお前には強力すぎるようだ。お前が万全の状態になるまで使用禁止とする。」

これは恐ろしい刀だ。
使い手にあわせて創られたとはいうがどうやら少し行き過ぎている。
確かにこれを使いこなせたら死々若丸の特性を存分に発揮できるだろう。
だが今の死々若丸はこの刀を使いこなせる器ではない。
このまま使い続けていたら刀に追いつく前に死々若丸が壊れてしまう。

こうして魔哭鳴斬剣は弁慶によって封印された。


「あの邑はどうする。あんな場所の存在を許してはおけない。」
「わかってる。そう思うなら早くよくなってくれ。」
「…そうだな。」

弁慶が番をしながら、死々若丸は眠りについた。


***


小一時間もたっただろうか、浅い眠りから覚めた死々若丸は先ほどよりずいぶん楽になったようで起き上がる。

「起きたのか?」
「ああ。お前も寝ろ。今日は疲れたはずだ。」
「お前ほどじゃない。
…お前は昔からずいぶん無茶してるよな。」
「そうか?」

出会ってから二人は、ひたすら戦いの中にいた。
「俺はお前と会うまで自分の存在意義を知らずに生きていた。
裏御伽として戦うために生まれたんだ、それを知った今 立ち止まってる暇はない。」
やれやれ、と、弁慶は思った。
「熱心なのは感心するがほどほどにな。お前は頭が固すぎる…もっと柔軟に生きろ。だからこうやって無理がたたるんだ。」


と、人の気配がした。かなりの大人数だ。


「出てこい、悪党め。抵抗しなければ逃がしてやってもいい。さもなくば平和のために消えてもらう!」
…どうやら警備隊らしい。日中 仲間を殺した悪人が近くに潜んでると知り討伐に来たようだ。
「投降しろ!」
たった二人のために乗り込んできた警備隊は数え切れないほどで、それぞれが"武力追放"にそぐわない仰々しい武器を手にしていた。
それでも、この二人に到底かないそうになかったが。
「悪は淘汰されるべきである!」


「わかるか、弁慶。これが"正義"の本性よ。
平和だのなんだの掲げたところで結局暴力に頼るしかない。それでいて悪を呪うとはおかしなことだ。」
「実にそうだな。ぬるま湯に浸かった偽善者…こういう奴らをみると血が騒ぐよ。」

余裕の二人にお構いなく、警備隊はいっぺんに襲い掛かってくる。
が、弁慶の強靭な肉体には軟弱な警備隊の攻撃なんてちっとも効かない。
剣のない死々若丸は体術で相手を翻弄する。
迫りくる警備隊をひらりひらりとかわし、隙をついてそいつが持っていた銃を奪う。
「面白いものを持っているな。」
銃口を向けるとそいつは泣きそうな間抜けな顔をした。
「貴様らの信念なんぞ所詮こんなものだ。」
バン!

正義を讃えながら武力行使を行う半端者と、悪のために生きる裏御伽。戦いは圧倒的だった。

「ククク…楽しいなあ。俺が一番好きなひと時だ。」
正義を懲罰する。自分はまさにこのために生きている。今のこの瞬間こそ典型的な生の実感ってやつだ。
「さあ次は誰だ?」
「おい、あんまり無茶するなよお前は…」

言ってるそばから死々若丸の体制が崩れた。体調は全くもって万全ではないのだ。

そこを狙い、残りの警備隊員が全員で死々若丸に襲い掛かる。
大量の妖気球やら銃やら剣やらが飛んできた。死々若丸には防ぐものもない。

絶 体 絶 命


「!!」








……思わず瞑った目をそっと開けた。
しかし、自分の体は傷ひとつ負っていない。

一体どうして…?

顔を上げると、そこには、弁慶が立っていた。
今の攻撃をすべて自分の体で受けて死々若丸を護ったのだ。

「弁慶!!」


「だから…無茶すん なっつったろ……」
「お前、体…」
大丈夫なわけがない。大量の出血が死々若丸の着物を染め、辺り一面は真っ赤になっていた。


「…べん け い?」
青い顔で恐る恐る呼びかける死々若丸。
だが。


その姿勢のまま、
立ったまま、
動かない。


すでにその命は尽きていた。






「弁慶いいぃっ!!!」







「…やったぞ!」
「そんな状態で、仲間も死んで、お前になにができる?」
「そうだ、もう逃げようなんて思うなよ!」
警備隊の奴らは口々にいう。




「……ふざけるのも大概にしろよ…」





低く、静かに響く声。
圧倒的な迫力を持っていた。
未だかつてないほど強大で邪悪な妖気が渦を巻いてあたりを包み込む。


いや、それ以上の恐ろしい殺意。

体が、動かしたいのに震えるばっかりで力が入らない。抵抗することも逃げることさえままならない。
恐怖が全身を支配した。


殺される
全員がそう思った。



死々若丸は先ほど弁慶が封印した刀を手に取った。
「妖力を使うまでもない……貴様ら全員、一瞬で楽にしてやるから安心しろ。」
ゆっくりと刀を鞘から抜く


あとは一瞬。


















穴蔵に静寂が戻った。今は死者の骸が山と積まれている。


残されたのは死々若丸ただ独り。


先ほどまで一緒にいた弁慶が今はもう動かない

自分のせいで…




荒れ気味の魔界の空からぽつぽつと大粒の雨が降りはじめた。雨はみるみる激しくなった。


ザーーーーー



溢れるこの気持ちはなんだろう


抑えきれなくて、大きな声で叫んだ。


ザーーーーー



頬をつたっているのが雨なのか涙なのか、死々若丸にもわからなかった。










***









死々若丸は 二人が一時期拠点にしていた地域に戻ってきた。
弁慶の亡骸を丁重に埋葬する。

「もう ここには戻ってこないからな…」
いつかきっと野望が叶うそのときまで。それまでは後ろを振り返らないようにしよう…


あても無く歩く。
それもよかった、二人なら。

もう弁慶はいない…これからは独り。
独り?
二人が出会う前、そのときも独りだった。
あの頃に戻るのか?


鳥肌がたった。

昔のことなんて覚えていない。いや、思い出したくないんだ。無意識下で、脳が拒否している。過去。
その頃に戻る?
独りだったあの頃に……




どうしよう

弱気になっている。こんなの俺らしくない と 思いつつ
足が 竦む

この先 独りでなんて歩いていけるのか?


言いようの無い不安に襲われる。




と、そのとき



ぱあっ きらきらきら〜
「!?」

真っ白な視界にカラフルな光が飛び込んできた。
それは見覚えのある…


死々若丸は思わず駆け出した。


俺はあの光を知っている。
あの光は以前も俺を救ってくれた
あの光のもとには…



鈴木!!!



ようやく追いついたその光の下にいたのは…

ピエロ

え?ピエロ?
ヒトチガイ?

しかしピエロは満面の笑みで言い放った。
「…死々若丸!久しぶりだな!」



「くっ……

くく……は…ははっ‥‥
あははははははははっっ!!!!


「なんだ、何がおかしい。人の顔を見て笑うとは失礼だぞ。」
「可笑しいわ!!! 貴様なんだそのふざけた格好は!! ‥くっ」

(大爆笑)



「いいか、これは仮の姿だ。これから私は"美しい魔闘家鈴木"と名乗る。(名前の前に"美しい"という言葉をつけるのを忘れるなよ?)
私は伝説を作る。そのために不必要な素顔は捨てて日々このように精進しているのだ!どうだ、この技も以前よりも格段に威力が増しただろう?ああ美しい…
そういえば…その剣はもしや以前私がお前にやったものか?立派に成長しているではないか!」
はっ。
ようやく我に返った死々若丸。
「そうだ……
おい貴様、なんだこの剣は!!」
しゃきん!
魔哭鳴斬剣を抜いて(美しい魔闘家)鈴木の喉元につきつける。
「な、なんだとはなんだ。なにか不都合があったのか?」
「確かにすごい刀だ。俺の気に合わせてこのように成長した。すばらしい発明だ。」
「だろ?」
「だが‥完全ではない。今では俺の手に余るほど成長してしまった!
それで…だから俺は……」

仲間を 失った 。

すっと剣を下ろす。その表情には再び哀しみが浮かんでいた。

「死々若‥丸?」
その変化に気づいた(美しい魔闘家)鈴木。
「すまなかった…確かにあれはまだ開発途上段階だったんだ。」
「いや。
お前は悪くない…俺が未熟だったから…だからあんなことに
ちくしょう…もっと強くなりたい!裏御伽の名に恥じぬように…もっと!」

「…まだ時間はある。」
「何?」
「もう一度お前に会えたら、誘おうと思っていたんだ。
一緒に暗黒武術会に出ないか?
…俺の目標はそこにある。きっとお前の願いも叶うだろう。だから 」

「面白そうだな。
俺もお前にもう一度会いたかった。しかし…」
「ん?」
その格好だとものすごく真剣さに欠ける
「なにをーっ!」




今、二人の目指す道が重なった。

この気持ちはなんだろう?
それが将来、自分を大きく変えるとはまだ知らずに。


あー、長かった(滅) 過去捏造シリーズ3本目、第2部第一章なんちゃって。
上半期ごきげんよう対象が発表になるころまでには第2部を終わらせたいとか言ってたのはいつのことやら。
いろいろ言い訳したいことは山ほどあるのですがひと通り書き終わってからで‥いつになるやら。
てなわけでいろいろ突っ込みたいところはあると思いますがこれもまたひとつの鈴若捏造の形ということで許してください。
やっと物語が動き出してきた感…!