鈴木がゲームセンター店員、若がそこに通うゲーマーの学生というパラレル設定です。
ピコピコピコーン ジャラジャラ キュイーン チロリロガッシャン
わけのわからない効果音が溶け合う混沌とした世界、そこにいる者たちはそれぞれ目の前のマシンだけに没頭し遊熟の刻を過ごす。
ここはゲームセンター
人と機械の群れの中で、ひときわ目を引く少年がひとり。
恐らくまだ学生であろう。細い身体に透き通った青い髪。彼はこの店の常連だ。そして彼が注目されるのはその美しい容姿からだけではない。数々のゲームで高記録をたたき出す、正真正銘凄腕のゲーマーなのだ。オンラインで全国と繋がるゲームでもたいてい「ワカ」の名前で登録している。「アミューズ"レインボー"」の「ワカ」といえばその筋ではかなりの有名人である。
*
「若、来たんだ!」
ワカ こと 若 に声をかけたのはこのゲームセンターの従業員・鈴木。明るく気さくな青年だ。そんな鈴木が常連で凄腕 しかも誰もが振り向く容姿の若に声をかけるのは難しいことではなかった。自然と親しくなった彼らは店の中でよく会話を交わしていた。
「ここんとこ見かけないからどうしたかと思ってた。ほとんど毎日来てくれるじゃん?」
「べつに…お前のために来てるわけじゃない…」
「やぁそういうつもりじゃないけどさ。」
「今日までテスト期間だったから来られなかった。」
何気なく言い放つ、が、鈴木は目をそらした。
「……俺なにも聞いてないよ」
それに若はちいさく「あ」と呟いて、「今のナシ」とふてくされた。
18歳未満の21時以降の入場は条例で禁止されている。若はどう見ても高校生…だが鈴木は、敢えてきちんと確認しないことで遅くまで店にいる事を黙認していた。だから、そういった発言は聞き流さなければならない。…従業員としては問題なのだが。
以前一度だけ、「もう遅いから帰れ」と言ったことがあった。そのときに若が本人でも無自覚であろう寂しそうな表情になったのが忘れられなかった。「帰っても居場所なんかない」と呟いて。以来その手の話題は出さないようにした。
「お前こそ…」
「ん?」
若のちいさな声はこの喧騒では聞こえづらい事が多い。鈴木はすこし身体をひねって耳を傾けた。
「お前、先週の火曜日、いなかった。」
かようび… 鈴木は空を見て記憶を辿る。
「あぁ!あれだ、友達と出かけるから休みとった日だ。」
と も だ ち …
ふぅん、と、若は興味の無さそうな声を出した。
「久々に会った奴なんだけどそいつが滅茶苦茶のんべぇでさ、いっつも付き合わされて次の日頭ガンガンなるんだ」
「いい!」
若は突然遮るように言った。
「お前の友達なんか、知ってても別にしょうがない。」
二人はお互いの事をほとんど知らない。
鈴木にとって若は職場の常連客で、若にとって鈴木は行きつけの店の従業員。へんにプライベートを明かしてこの世界観を壊したくはなかった。
俺達は従業員と客。それ以上でも以下でもない。だが、それだけは壊させはしない。
家に帰っても親は仕事でいない。冷めた夕食をレンジで暖めてひとりで食べる(用意しておいてくれるだけで有難いとは思う)。何時に帰ろうと同じことなのだ。ならばゲームセンターで遊んでいる方が楽しい。学校へも行っているがなんとなく面白くないとも思う。
若にとってはこのゲームセンターが自分の唯一の居場所だった。
試験期間も終わり、久々のゲームセンターだ。なにかプレイしてスカッとしようと思い、若は適当なゲーム機に着席した。
個性的なキャラクター達が格闘を繰り広げるそれは10年以上も前に流行ったアニメの新作アーケードゲーム。若はそのアニメのことはよく知らなかったが、なんとなく目に付いた長髪の和服剣士のキャラクターを選択し、複雑なコマンドを入力し始めた。
『一瞬で決めてやろう』
キャラクターの台詞を体現するがごとく、若はあっという間に三連勝し、一人目の対戦相手を闘技場に沈めた。
「相変わらず強いな〜、若。」
「相手が弱すぎるんだ…なんだ、このジジイは」
画面には二人目の対戦キャラクターが登場した。comが操るそれはヨボヨボの爺さん。見た目の予想に反せず、たいした技もなくぶっちゃけショボい。
「あれ?若は知らない?この爺さん本当は…」
『ハハハハハハ!!!』
鈴木がそう言うや否や、ゲームに変化が起きた。ジジイが、一定の条件を満たすと変身できる『本気モード』になったのだ。
それが、先ほどまでのジジイからは想像がつかないほど派手で阿呆っぽいナルシストのピエロに変わったもんだから若は驚愕した。
「な、なんだコイツ」
「このキャラ、ジジイは仮の姿で、本当はこっちの姿なんだよ。」
『ん〜プリティ!』
呆気にとられ、その無駄に派手で軽そうな技をくらってしまう。
こんなキャラに負けるなどと言語道断の屈辱。若は意地で平静さを取り戻し、得意の技をかましてピエロを瞬殺してやった。
「あぁ!美しい魔闘家鈴木が〜!」
「くらだんキャラだ。」
嘆く鈴木を放って若は次の相手との試合を始めた。
「俺はこのキャラ好きだぞ?このゲームやるときはいつもこいつ選ぶんだ。」
「ふぅん…そういえば同じ名前だものな。頭の軽さも波長が合うのか。」
「言ったな…あ〜、仕事中じゃなかったら若と対戦して鈴木の魅力をわからせてやるのに!」
「別に、わかりたくない。」
というかさっきから若と喋ってばかりで働いていないが、一応仕事中という自覚はあったらしい。
「さぁてそろそろほんとに戻ろうかな。ま、ゆっくりしてけよ。」
comに勝ち続けゲームを進める若にそう告げ、鈴木はフロアの騒音の中に消えていった。
*
格闘ゲームを終わらせた若は、機械の群れの中をなんとなく彷徨って、他人がプレイしているのを見学したり目新しいゲームが入っていないか探したりしていた。
キョロキョロと辺りを見回しながら店内をうろつく。ただでさえごちゃごちゃと迷路のような造りの上、この店はわりと広い。
(あいつ…どこ行ったんだ)
そう思ってハッとした。なんで鈴木を探さなければならないのだ!別に用があるわけではない。会話をしようにも彼は仕事中だ。
「チッ」
自分の思考回路が気に食わなくて、ひとりで舌打ちをした。
「すみませ〜ん、あっちのUFOキャッチャーなんですけど、景品の位置とか変えてもらったりできますか〜?」
ふ と耳に飛び込んできたのは若い女性客のそんな台詞。数名で連れ立って店員に声をかけられている。
ここのゲームセンターでは店員にお願いすればUFOキャッチャーの景品を捕り易い位置に移動してもらうことが可能なのだ。
「どちらの機械でしょうか?」
愛想よく返事したその店員の声は、鈴木だった。
女性客に連れられてUFOキャッチャーの前にやってきた鈴木。
「あの青いのが欲しいんですけど〜。」
女性が指差した先のぬいぐるみは確かに絶妙な位置にあり、初心者に毛が生えた程度ではゲットすることは難しそうだった。
「うーん……じゃ、いいですよ。今開けますから。」
鈴木が鍵に手をかけた。女性達は「やった〜」「よかったね〜」なんて言いながら機械に向かう鈴木を見ている。
なんとなく面白くない。
「どけ」
今まさに機械を開けようとしている鈴木を押し退けた。
突然現れた若に女性客達は驚き見とれ呆気にとられた。
「青いのでいいのか?」
若は整った顔を崩すことなく女性に訊いた。
「あ、はい。」
返事を受け、100円玉を数枚投入する。
「え、まだぬいぐるみ動かしてな…」
言う女性に鈴木が「しっ」と制し、「大丈夫だよ」と続けた。
UFOキャッチャーに向かう若は真剣そのもの。だが、その目には余裕の色がありありと見えた。
一度目で引っ掛けてうまいこと捕り易い位置に移動させ、二度目でしっかり掴んで景品獲得穴に落とす。
簡単な理論だが実践するにはかなり精確なコントロールの技術が必要とされる。
ボトン
ばかデカい青いぬいぐるみが機械から出てくる。
「えーマジで?!」
「ヤバい超スゴ〜い!」
若の可憐なテクニックに歓声を上げる女性達。
「ほら、やるよ。」
ぬいぐるみを抱えあげて女性に渡してやる。女性は悲鳴のような歓喜の声をあげ、若と鈴木にお礼を言うと去っていった。
「やれやれ、敵わないな若様には。女の子にいいとこ見せちゃっても〜」
「フン」
いやでも流石だな!なんて言っている鈴木は気付いていなかった。あの女性客は、青いぬいぐるみなんかよりも鈴木の方に ずっと興味のある視線を送っていたという事を。
(なんで、こんなに面白くないんだ そんなことが)
若にとって鈴木はあくまでも行きつけのゲームセンターの従業員。それ以上でも以下でもない。
景品を動かすのだって仕事のひとつ、当たり前なことの筈。
なのに、 まるで、 独占欲。
…今日はもう帰ろうか、そう思った。
「あ、そうだ若、今週の土曜日ってなんか予定入ってる?」
景品を並べなおしながら鈴木が訊いてくる。
「無い。多分、ここへ来る。」
「そっか、よかった。俺土曜日休みなんだ。ぜひ来てよ。」
…?
「お前、休みなのに、来ても仕方ないだろ。」
言ってから しまったと思った。なんだ今の発言は!!! まるで鈴木がいなければここに来る意味がないかのような…鈴木に会いたくて来ているようではないか。
焦った。が鈴木はそこを解さずに
「そっか、休みにまで職場に来たくないもんな…じゃ駅前でいい?」
「は?」
全くかみ合わない会話にポカンとなる。
「駅前のゲーセン、"御伽遊戯館"、あそこに13時集合な。」
「ちょ、ちょっと待て!どういうことだ!」
勝手に一人で完結している鈴木に若が焦って怒鳴る。
「?…だから、土曜、俺休みだから、一緒にゲーセン行こう。13時に駅前の」
「…!!!」
やっと理解した若は、何故か顔が熱くなったのを感じた。
「例の格ゲーやろうぜ。俺のスペシャルビュリホ〜ッッな技、見せてやるからな!」
若の返事を待たずに、インカムで呼ばれたらしい鈴木は「じゃよろしく!」と言い残し去ってしまった。
二人はあくまでも従業員と客。他の面は一切知らない。
知らなくていいと思っていた。この仮想現実の世界の枠から出る必要はないと。
なのに、何故だろう
無性に 胸が 躍る
誰がコインを入れたのか 恋のゲームは既に始まっていた。
ゲーセンパラレルです!(笑) 深く考えずに読んでいただければと思います。ちなみに続きません
ふと思い立ったのはUFOキャッチャーの件だけだったんですが、あれよあれよと長くなりました。
ゲーセンでは手練れな若さんも、恋のゲームの駆け引きは苦手かも☆というお話でした。(アイタタタ)
ごめんなさいとても楽しく書けました!