元よりその日は機嫌が悪かったのだ。
何かにつけ苛々してしまう。加えて、いつものように鈴木がうっとおしく付きまとってくるものだから死々若丸の感情は破裂寸前だ。
それで、やってしまった。
「いい加減にしろ貴様あああああ!!!!!!!」
ダンッ と机に手をついた。
同時にパリンという嫌な音。
頭に上った血が一気に冷めた。
死々若丸には大切にしている髪飾りがあった。ひっそりとあしらわれているのは その瞳を思わせる美しい紅玉。それが一体どのような思い入れがあるものなのか鈴木は知らない。もしかして昔の女に貰ったものなのかもしれないと思うとわざわざ問うのもはばかられた。しかし、死々若丸がそれを大切にしているということは知っている。ここぞという時にはよくそれを身につけているのをいつも見ていたから。
その髪飾りが、今、死々若丸の手の下で 砕けている。
「ししわ…」
恐る恐る声をかける鈴木。
「出てけ!!! っていうか死ね!!!」
殴り飛ばされたと思ったらピシャンと勢いよく戸が閉ざされた。鈴木は呆然と、どうすることもできなかった。
(最悪だ−)
壊してしまった。己の手で。
砕けた破片を寄せ集め、ため息をつく。
怒りに任せて力をふるう。破壊する。そんなのは当たり前のことだった。何故なら自分は「悪」の名のもとに生まれた妖怪なのだから。でも、本当はどこかで気付いていた。壊しても、満たされるのは一瞬の爆発だけ。本当は虚しいだけだということを。
(壊すのはこんなにも容易なのに。)
ふと脳裏に、怒鳴られた時の鈴木の困ったような表情が浮かんだ。
(後悔しても、遅い−)
薄暗い部屋で一人、破片と破片を合わせてみる。それで元通りに見えても、手を離せばまたバラバラ。
接着剤でくっつけることも不可能ではなさそうだが、いびつになってしまいそうだ。なによりも最大の特徴である紅玉は修復不可能なほど砕けてしまった。
長年愛用したものだった。まさかこんな形で別れるとは思いもしなかった。
寄せ集めては崩れる破片に自嘲が漏れる。
その時。
「ししわかー…」
そっと戸が開けられる。出ていけだの死ねだの言われたことなどまるで無かったかのような鈴木だ。
不意をつかれ驚きを隠せない死々若丸の様子もさておき、鈴木はまっすぐ髪飾りの破片に視線をやった。
「ほら死々若、そこ空けて。」
たちまち席につき破片を組み立て始める。「退いて」と言われたわけではないので、死々若丸はすぐ隣で様子を見守った。その手際は流石としか言いようがない。先ほどまで自分が弄んでいたのよりも精巧に、ほんの僅かな片も繊細に組み合わせていく。途中途中で奇妙な粉末をふりかけている。恐らく特製の接着剤だ。
「こんなもんかな?あとは少し時間を置いて、磨いて塗装しなおせば…」
元通り。鈴木が死々若丸の方を振り向く。安心して嬉しそうな表情を浮かべているかと思いきや、そうではなかった。
「何故だ。」
「?」
腑に落ちなかった。
「俺が簡単に壊したものを、お前は簡単に直してしまう。何もなかったかのように。それだっていつかまた壊れてしまうんだろう?余計な期待を持たせるな。壊れるならいっそ早く壊してしまえ。」
「何言ってんの−」
「どうしてお前は、いつも、」
言いながら死々若丸は途中で気が付いた。
違う、髪飾りのことをいってるんじゃない。何度も己の手で壊しそうになって、それでも元通りに戻ってくるのは…
鈴木を見上げる。頬は先ほど殴り飛ばした痕が腫れている。それに、そっと手を触れる。
「それでもお前は…戻ってくる…いつも。」
言葉に先ほどのような勢いはない。(まさかそんな筈はないが)泣き出しそうにさえ見えた。
「俺が、お前に傷つけられてもう戻ってこないと?」
ふっと穏やかに鈴木は笑いかける。死々若丸は僅かに眉をひそめ答えない。それは図星の証拠として受けとられた。
「こんなの壊れたうちに入らないよ。見くびってもらっちゃ困るな」
敢えて髪飾りを指して言う。
「でき得る限り粉々に砕いてみな。それでもなんとかなる自信は、ある。」
その言葉が伝えたい想いは死々若丸にも通じた。つまり、いくらでも、愛すと。
「紅玉は…」
少し意地をはるように死々若丸が呟く。鈴木が直したのは外枠の飾りだけで、紅玉は粉々に砕けたままだった。
「あぁ、まあ、直せば直せないこともないけど−」
言いながら取り出したのはまた違う宝石の珠。
「こっちでも、いいかな?」
それは、金剛石。
「紅玉も死々若の瞳に似合ってるけど、金剛石も綺麗だし頑丈だしそれに、あー…」
それに。
どこの誰との思い出が詰まった宝物かは知らないが、死々若丸が大切にしているものなら大切にしてあげたい。そうは思うがやはりどこかなんとなくちょっと面白くないような気持ちも存在していて。ならば、その思い出に自分も進入したいというか。少しだけ 俺の色を上書きしてやりたいと思った。…なんてことは内緒にしておこう。
「…きっと似合うよ。」
微笑みに何か少し誤魔化されたような気もしたが、死々若丸は流されてやった。
「フン…」
生まれ変わった髪飾りは、以前よりも輝きを増して見えるだろう。それが何故なのか本人は気付かぬまま。
「ところでその金剛石はどこで入手した?そんな金があったのか」
修繕作業を続ける鈴木の背中に疑問を投げかける。
「いや、自分で、生成した。」
「はぁぁ?!」
鈴木の説明によると、つまりcの元素をがんばって結合させると金剛石が出来上がるらしい。えらい簡単に説明されたが、それにはどれだけのパワーが必要になることか。コイツはなんでもありか。と思ったがつっこまずにいた。驚くには今更すぎた。
ただし失敗作も多く、今鈴木の研究室はスミクズだらけになっているらしい。
「そんなわけで今日は死々若の部屋で寝かせてくれ」
ドカバキッ
屋敷にまた盛大な破壊音が響く。それでもめげずに、またすぐ復帰するのであろうが。
そんなもん持ってんのかい。完全捏造失礼しました… 髪飾りって何だよ。女々しいな。思いつかなかっただけです。
そして宝石も胡散臭くてすみません。人工ダイヤモンドってのもあるらしいですね。こんな風にヒョイと作っちゃうのは無茶すぎますが鈴木さんなのでヨシとしてください。
これを機に死々若さんが優しくなったりは、しないです。