そわそわ。そわそわ。
「・・・・どうした?死々若。」
「・・・ん〜、何も・・・。」
日差しもうららかな、春の陽気が漂う午後のことだった。 小さいサイズの死々若丸に、先ほどから落ちつきがない。
居間の机の周りをうろうろ。あちらにトコトコ。こちらにトコトコ。時々止まって何か考えるような仕草をしたかと思えば、またせわしなく動き出す。
その様子に耐えかねて、凍矢が苦笑しながら本を机に落とした。
「何か欲しいものでもあるのか?」
「ん〜ん。」
自分の動きを止めずに、彼はそう答えた。「そうか」と言うも、そのまま凍矢は彼の様子を目で追ってゆく。
言うと怒るから口には出さなかったが、原因は明白だった。鈴木が一週間ほど前から、研究の材料だか何かを探しに出かけたっきりだ。
死々若丸がこの姿になる時、それは誰かに甘えたい時だった。
彼はプライドが強くて意地っ張りな分、人よりかなり甘えんぼなところがある。
「・・・・・・・・・・・・。」
「・・・・・・・・・・・・。」
「・・・・・・・乗る?」
本に目を戻すも、こうウロウロされては気が散って仕方がない。
すると、彼は歩いている足を止めてくるりと顔を凍矢に向けた。
一瞬だけ躊躇したかのような顔をしたが、彼は小さな両手を広げて、抱っこをせがむように「ん」と小さく呟く。
拾い上げるように彼を手のひらに乗せて、肩に乗せた。こうすると、だいたい彼は落ち着いてくれる。
「・・・・・・・・・・・・・・。」
「・・・・・・・・・・・・・・。」
「・・・・・・・・・・・。今度はどうした?」
しばらくすると、死々若丸が凍矢の左肩にちょこんと乗ったまま、顔をキョロキョロ。凍矢の顔から思わず笑みが零れ落ちる。
「ん〜・・・なんにも・・・。」
(・・・ほんっとに鈴木がいないとダメなんだな、こいつ・・・・・)
「・・・なに?」
「いや、何も。・・・あ、いちご牛乳飲む?好きだろ?」
「・・・・ガキ扱いすんな。」
「あ、飲まないのか?じゃ、俺が飲むからな。」
「・・・やっぱいる。」
まるで3歳児の子供を持つ親のように、凍矢は笑いながら息を吐いた。肩に乗せたまま、冷蔵庫に向かう。
小さなミルク入れにイチゴ牛乳を注いでやると、彼は肩からピョンと下りて、ゆっくりごくごくと飲み始めた。まるでペットのようだ。
「・・・うまいか?」
甘いものが苦手な凍矢がそう聞くと、今の身体には巨大なミルク入れを持ちながら彼は振り向かずに「ん」とだけ言った。
「鈴木、そろそろ帰ってくるといいな。」
口周りに牛乳をつけた死々若丸が、その言葉に反応したのかしてないのか、まだ飲みかけのカップをコト、と置いた。
そのままくるりと凍矢のほうを向くと、「あ〜、もう」と凍矢がそばにあったナプキンで口を拭く。
2、3回すると幼い子供がいやいやをするように、死々若丸も首を左右に振ってナプキンを押しのけた。
「・・・帰ってこなくていい。あんなヤツ」
・・・また始まった。
鈴木はよく家を空けるが、留守の期間一週間を境目に死々若丸はどんどん機嫌が悪くなってゆく。
もっとも、今の状態じゃすねてると言った方が正解だろうけれども。
「じゃ、このままずーっと帰ってこなかったら?」
「そのままでいい。」
「ふ〜ん。」
「・・・なんだよその目は・・・。」
「いや、別に。」
「たっだいま〜。」
ちょうどその時、運良くか運悪くか、ガラ、という音が玄関先で聞こえた。鈴駒や酎たちが出迎える声も聞こえる。
「・・・・帰ってきたみたいだな、よかったな。」
「よくない。」
先ほど妙な意地を張ってしまったからか、死々若丸はプイと顔を背けた。その様子に笑いをこらえながらも、言葉を継ぎ足す。
「そういうことを言ってると・・・・・・」
「マッイハニーッ!!ただいま〜!ついでに凍矢もただいま〜!!」
言いかけたところで、台所に満面の笑みをたたえて入ってきた金髪の男が一人。
「・・・俺はついでか。」
「はっはっは、気にするな。ただいま〜、死々若!」
タンクトップ姿で、些か容姿がボロボロになっているが彼は至って元気であった。当の死々若丸はシンクの横に座ってじっと下を向いている。
「なんだよ、ただいまってば。」
そう言って、彼に触れようと顔を近づけた途端。
べしゃっ!
イチゴ牛乳が入っていたミルク入れを、死々若丸が思い切り鈴木の顔面に投げつけた。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。
しー・・・ん、とその場が静まる。
「・・・だ、大丈夫か?ほら、ナプキン。」
凍矢が慌てたようにそれを鈴木に差し出すと、鈴木はまだ笑いながらそれを受け取って顔を拭いた。
「なんだ、今日はずいぶん荒れてんなあ。どうかしたの?」
あんなことをされても朗らかにそう言う彼は、まだ下を向いている死々若丸を見つめる。
「・・・ん?アレ?」
顔を拭いたナプキンに、微量の血がついていた。改めて顔を触ると、少しズキンとする。
「・・・鈴木、・・・瞼、切れてる。」
「え?ウソ?マジ?」
ぶつけられたミルク入れの注ぎ口が、変な風に当たったらしい。右目の瞼から少しだけ、血が流れていた。
「・・・・・・・・・・・。」
死々若丸はすぐさま顔をあげたが、言葉がなぜか出なかった。
また少し沈黙が流れる。
「・・・死々若、」
「ああ、いいよいいよ。」
凍矢が何か言いかけたところで、鈴木がその言葉をすっと止める。
それから彼に笑って目配せすると、凍矢は柔らかく笑ってから「アホ」と言って、台所を出て行った。
「・・・・・・・・・・・・・・。」
二人だけの空間に、音が無い。
「あ〜、いってえ。だーれのせいかなあ。ん?」
からかい気味にそう言ってからシンクの水道をひねると、鈴木はタオルを濡らして右目を冷やす。
「・・・・・・・・・・。」
気まずそうに、そして泣き出しそうな赤い顔で死々若丸は下を向いたまま。
「ん?誰のせい?言ってごらん。」
「・・・・・・・・・・。」
「早く言ってみ。」
そこまで言うと、死々若丸は自分より2倍も背の高い台所洗剤を見つめながら、ぼろぼろと泣き出した。
「あ〜あ、ほんっとに、お前は世話がかかるよ。」
笑いながら、ひょいと抱き上げる。死々若丸は涙をこぼしながら、ぐす、という音をあげて鼻水をすすりあげた。顔が本当に真っ赤で。
「何、そんなに寂しかった?」
「う〜・・・う〜・・・」
「う〜、じゃ分かんねーよ。消防車のサイレンかお前は。」
「う〜〜〜・・・・・・・・。」
小さな両手で両目をこすりながらしゃくりあげる。抱き上げられているので、彼は宙に浮いたまま。涙が頬を伝って床にポタリと落ちた。
「ごめんなさいは?」
「・・・・・・・・。・・・・・・・さい。」
「サイ?サファリパークにでも行きたいの?」
「・・・ごめ・・・ん・・・なさい。」
「聞こえない。ハイ、もう一回。」
「ごめんなさい!」
そう大声で言うとさらに涙腺が緩んだのか、ぶわッ・・・と涙が赤い瞳に溜まる。
「ハイ、よくできました。」
優しげな笑顔でそう言ったあと、彼は声を出しておおらかに笑い出した。笑いながら彼を肩に乗せる。
「変なとこ意地っ張りなんだよなあ、お前。」
そこが可愛いんだけどね、と言いながら右肩に乗っている子供を撫でる。先ほどより激しく泣いているようだ。
「ん〜、やっぱお前がここにいないと落ち着かないわ。」
右手でちょんちょん、と頭を撫でながら、鈴木がそう言った。
その時、台所の戸の裏でコソコソと見ていた他の四人の影があった。その言葉の後、「そりゃ死々若のほうだろう」と誰もが思っていたという。


「月と故郷」様で5000hitをゲットしまして、ちび若は鈴木さんの肩の上にいると和むんだよーって感じの鈴若小説、を リクエストさせていただきました。
ちび若さんがべらぼうにめんこい!鈴木さんがいなくて落ち着かないのも、いちご牛乳飲んでるのも、悪いことしちゃって う〜っ てなってるのも 真っ赤になってぽろぽろ泣いてるのも、もう 何 も か も が プリティ〜!こんなちびっ子、飼いたいよ!
鈴木さんが甘いだけじゃなくてちゃんと叱ってやるっていうのに激しくときめきました。「死々若めっ!」ですもんね。素晴らしい保護者ッぷり!
いつもいつも凍矢んには仲人やってもらって申し訳ないです(笑) やっぱり、同じ肩でも鈴木さんじゃないと駄目なんですよね〜v
ラヴリーでたまらない小説、どうもありがとうございました!