「だから!お前の言っていることが正しいとは限らんだろうが!」
「だったらもう俺に何も聞かなければいいだろ!」
「お前が俺に言わせるからいけないんだろうが!!」
「だからそういう考え方をやめろ!もう少し頭使ってモノを言え!」
「まあ、ホラ落ち着けふたりとも!」
珍しく、死々若丸と鈴木が家の中でケンカを始めていた。いつもなら死々若丸が突っ掛かってきても、鈴木が大体笑顔でかわすか、気にしないで終わるのだが。
しかし今日は鈴木もかなり頭にきている様子で、さっきから激しい言い合いをしている。
「もういい、貴様とは話が合わん!もう二度と話さんからな!」
「ああ、勝手にしろ!」
そう言うと、死々若丸は部屋のドアを思い切り閉めた。
先ほどからふたりをなだめていた凍矢が、はあとため息をつく。
「まったく・・・なんであんなことでケンカになったりしたんだ?おまえらしくもないぞ。」
「・・・・・・すまない。」
鈴木が鬱憤を晴らすかのように前髪をくしゃりとかきあげながら、傍のベッドに腰掛けた。
「・・・しかし今日は、おまえもよっぽど頭にきたみたいだな。あんなに怒るお前ははじめて見たよ。そんなに嫌だったのか。」
凍矢も椅子に腰掛けて、うなだれている彼のほうを見る。
「・・・・・・。たまたま苛々してただけだよ。内容は、関係ない・・・。」
「・・・そうか。じゃあ、今日はゆっくり休めよ。」
そう言って、凍矢も部屋を出ようと椅子から腰を上げた。
「悪いな、凍矢。」
「気にするな。」
少しのやり取りをすると、あとは凍矢のドアを閉める音だけが響いた。
「・・・ふぅ〜〜・・・っ。」
鈴木はベッドにごろりと横になり、天井に向かって息を吹きかけた。その余韻だけが頭に焼きつく。
(な〜んであんなことで怒っちゃったんだろうなあ〜・・・)
頭から熱気が引いた後は、だんだんと冷静さが戻ってくる。
そもそもケンカの原因は、鈴木がひとりの女にプレゼントをしたのがきっかけであったのだ。

―――回想どうぞ。

ある日のこと。
鈴木はいつものように研究に没頭していて、気が付くともう夜半過ぎであった。
長い間同じ姿勢でいたので、身体を鳴らしながらちょっと休憩しようかと外に出たのだ。
鈴虫が鳴く音を聞きながら草木をかきわけかきわけ、丘の上に着く。月の光と山の風を身体に浴びて。
草のベッドに横たわって、じっとする。この時間が好きで、鈴木はよくこの場所に来るのだった。
そしてしばらく時間の流れにゆだねていると、少し奥のほうで突然カサリという音がした。
殺気を感じられなかったので、動物か仲間の誰かかと思って、そのまま放っておいたのだが。
「あ、の・・・」
と弱弱しい声が耳に入ってきた。
聞きなれない声に驚いて飛び起きると、見たことのあるようなシルエットが闇の奥のほうで、映し出されたのだ。
「誰?」
少し声色を変えて警戒心をもたらすと、そのシルエットはおずおずと前に出てきた。
「あ・・・・・・。」
「こ、こんばんは・・・。」
その見たことのある影は、そう、武術会のときの司会者、樹里であった。
「ああ、こんばんは。誰かと思った・・・。えー・・・と樹里ちゃん・・・だっけ?」
「え、ああ・はい。」
顔を赤くして彼女は答える。始めは少し警戒していたので、その姿を見たあとはふっと鈴木の顔は緩み、再び草のベッドに横になった。
「お久しぶり。私のこと覚えていたのか。」
「あ、はい!もちろんです!」
は、と大声を出してしまったことに少し恥じらいを感じて、樹里はあわてて口を押さえた。鈴木がふわりと笑う。
「なんでこんなところにいるの?引越し?」
「いえ、えと・・・このあたりに・・・あの、知り合いの妖怪がいて・・・・・・。それで・・・。」
樹里はたじたじと緊張した面持ちで話す。
「ああ、この辺一帯は妖怪の隠れ家だもんねぇ。幻海の土地だってことで。私もこの辺に住んでるんだよ。幻海の家。」
「えっ・・・!そ、そうなんですか!?」
「うん。死々若とか陣とか酎とかも一緒。まあ、と言ってもあさって魔界に帰るけどね。」
「あ、・・・・・・・・・そうなんですか。」
残念そうに声のトーンを落とす。
「?どうかしたの?」
その樹里の沈んでいる様子に、鈴木は不思議そうに聞いた。
「えっ・ああ・・・いや、そんなことないです。」
「そう?」
「そ、そうです。」
「ならいいんだけど。・・・・・・そんな立ってないで横になれば?ほら。」
彼はそう言うと、自分が横になっている、隣のスペースを少し払ってぽんぽんと叩いた。顔が赤くなっていた彼女はさらに顔を紅潮させて、遠慮がちにうつむく。
「気持ちいいよ。風が当たる。」
「・・・・・・じゃあ、失礼します。」
そう言うと、樹里はぎこちなく彼の隣に寝転がった。
「あ、涼しい・・・。」
「だろ?」
そしてそのまま鈴木は黙ってしまった。樹里がふと隣を見ると、いつもは立てている彼の金色の髪が今はやわらかく降りていて、光るようにさらさらと風に揺れ、翠色の目にかかる姿が妙に色気を感じさせる。
視線に気付いたのか、鈴木は樹里のほうを少し見やった。視線がぶつかる。
「ん?」
どうかした?といわんばかりに樹里を見る。
樹里がとても恥ずかしそうに「あ、な、なんでもないです。」と言った。彼女の鼓動が速くなる。
「・・・あ、あの、しゅ、趣味とかあるんですか?」
勢い任せに口を動かせば、変な言葉が出た。
「趣味?趣味かあ・・・・・・そうだな、研究かな。」
「あ、闇アイテムを前に・・・作ってましたよね。」
「そうそう。ああいうのを時々まだ作ってたりするよ。魔界の黄泉とか躯に依頼されることもあるしね。」
「ああ、そっかあ・・・。」
そこで、ふと会話が途切れた。
風がそよそよと流れる。
「あ」
鈴木がポケットに手を突っ込んだ瞬間に、彼は突然声を発した。
「え?」
「すっかり忘れてた・・・・・・。これ、いる?」
そう言って、彼は隣の樹里に光る何かを差し出した。闇の中で目を凝らして見ると・・・
「・・・指環?」
そう、それは銀色の指環。けっこう太くて、中に赤い石がふたつ組み込まれている。
「そうそう。浦飯に妖気を瞬間的に高める指環を作ってくれって言われたんだけど、見事に失敗しちゃって。だからこれをはめても何にもならないんだけどね。ただの装飾品。私が持っててもなんだし、もらってくれないか。」
「きれい・・・。も、もらっても、いいんですか?」
「うん、もちろん。」
「わあ。ありがとうございます!」
そう言うと、樹里はさっそく指環を右手の薬指にはめた。男の人差し指用に作ったものだから、やはりゆるい。
「女の子にはやっぱりぶかいかな・・・中指にしたら?」
「いえ、ここがいいの。」
そう言って彼女は嬉しそうに指環を見つめた。
「気に入った?」
「はいっ」
「よかった、じゃあ私はもうこれで・・・・・・。」
そう言うと、鈴木は起き上がった。
「もう行くんですか?」
樹里もよいしょと起き上がって、彼を見上げる。
「うん、研究の続きが気になるしね。」
「そうですか・・・。」
「じゃあ、気をつけて帰りなよ。」
「は、はい。」
そう言って、ふたりは別れた。風が二人の間を切って、挨拶をかわして家路に帰っていった。

「すずき」
「ん?」
そしてその翌日のことだった。
凍矢と世間話をしている時に、かなり怒っている死々若丸が部屋に入ってきた。声色から殺気がうかがえる。
「手紙だ。」
「へ?誰から。」
死々若丸が鈴木のデスクに、手紙をパサリと落とした。
「?」
不機嫌な彼が読め、と言わんばかりに鈴木を凝視しているので、その手紙を手にとって、文を読んだ。
『こないだはありがとうございました。あんないいもの作ってくれるなんて、優しいんですね。魔界でも気をつけてくださいね。めざせ、魔界トーナメント優勝(>▽<)ノ  樹里』
「ああ・・・。」
鈴木がふと笑う。その様子を見ていた死々若丸がかなり不機嫌そうに
「その手紙を持った女がさっきここに来たぞ。」
と言った。
「え?」
「おまえ、いつから恋人が出来たんだ?」
「は?ちょ、ちょっと待て、べつにそんなんじゃないぞ。」
「フン、お前は昔から自分のことを隠すのがうまいからな。そう言うだろうと思ったがな。もともとおまえに惚れてる女らしいしな。」
「だからそんなんじゃないって!別に昨日偶然会っただけで本当に!」
「だったらあの女はなんだと言うんだ?」
「な、なにって・・・・・・。」
「なんで何も言わんかったんだ!?別に言う必要もないが、せめて一言ぐらい言え!」
「だからそんなんじゃないって言ってるだろ!?」
「お、おい、なんだか知らんが落ち着け二人とも!」
「やかましい!」
そこからもう死々若丸の罵詈雑言の嵐。
そこに運悪く、鈴駒が入ってきた。
「お、鈴木〜。おまえいつの間に彼女ができたの?さっき庭で暗黒武術会の司会者の女の子とすれ違ったんだけど、お前が前作ってた指輪してたよ。プレゼントで釣るなんてやるね〜。」
「り、鈴駒・・・・・・。」
凍矢が汗を一筋流すと、鈴駒が「?」という顔をする。きょろきょろと対立する二人を見回してしばらく沈黙した後、ヤバい空気を読んでか、鈴駒はそろりと出て行った。
「・・・・・・。そうか。指環か。やるな鈴木。もう婚約か。」
「いや、違うあの指輪は」
「もう貴様とは話さん。」
「だから人の話を聞けよ!そんなんじゃないって!」


―――回想終了。


「う・・・・・・・。」
まだ天井を仰いで、鈴木はふと目を開けた。
どれくらい時間が経ったのか、部屋が少し薄暗くなっていた。窓の外は夕日が沈むところ。
研究室へ、行こうか。
そう思って、鈴木はベッドを抜け出し、冷たくなった空気に耐えられず青い上着を羽織った。二階の部屋から階段を降りて、廊下を歩く。
研究室に行くまでには、死々若丸の部屋の横を通らなければならない。
できるだけ静かに彼の部屋の傍を通ろうと、足音に気をつけながら歩く。
彼の部屋は―――開いたままだった。
夕日をバックに、彼の部屋はオレンジ色に染まっている。足を進めると共に、彼の部屋の本棚や箪笥がすこしだけ見え始める。
死々若は出かけたのだろうか・・・・・・・・・・
と思ったら、隅っこの丸い窓の側にある机の上に、彼はゆかた一枚で、顔を少し傾けながら突っ伏して眠っていた。
蒼い髪がゆらゆらと風に揺れている。吹く風は、冬の知らせのように冷たかった。
このまま素通りして研究室へ行こうと、彼は足を進めるが、このままでは彼が風邪を引くのではないかとふと足取りを止めた。
だがケンカ中のために、部屋に入ることがはばかられるのだ。
足を進め、止まってはまた進む。
うろうろしながら、鈴木は自分の着ている上着を脱いだ。
そして決心したかのように彼の部屋に足を踏み入れ、そろりと眠っている死々若丸の肩に上着をかけた。
そしてまたそろりと部屋から出て行く。
ふう、とためいきをつきながら、鈴木は研究室のドアを開けたのだった。

時間は夜、今日は凍矢が晩ごはんを作っていた。陣が横で手伝っている。
台所から野菜を切っている音がリズムよく響いた。
「凍矢、玉ねぎはこんなもんでいいだか?」
陣が涙をボロボロ流して聞くと、凍矢が台フキで彼の顔を拭きながら「ああ、そんなもんだ」と答えた。
刻んだ玉ねぎとにんじんを油で炒めて、火が通ったらキャベツを入れる。ささっと火を通してコショウと塩をパパッと入れて皿に移した。
「手際いいだな。」
「まあ、慣れだな。みんなを呼んできてくれないか、陣。」
「わかっただ。」
そう言って、陣は大きな声で「ごはんだべぇぇえ〜!!」と叫びながら酎たちの部屋に向かった。
「陣・・・叫ばなくても・・・・。」


「死々若ぁあ!ごはんだべ!」
陣は、窓辺で眠っている死々若丸を起こした。しかし彼の寝起きはものすごく悪く、まだ起きない。
「死々若!」
肩を揺さぶると、彼はようやく目を覚ました。
「ん・・・う・・・?」
「ごはんだべ、死々若。」
「・・・ごはん・・・・?」
「早く来るだよ。今日はおめの好きな野菜がいっぱいあるぞ。」
「ん・・・・・・。」
そう言い残すと、陣は彼の部屋を出て行った。
そして朦朧とした意識の中で、死々若丸は再度眠りにつこうとカクリと頭を俯かせた。
すると、そこに見えたものは見覚えのある、青い上着。少しずれて自分の肩に乗っていた。
気付くと風が随分冷たい。手足が冷え切っている。
鈴木が風邪を引くといけないと思って、自分の肩に乗せていってくれたのだろう。
なんだかんだ言っても、彼は優しいのだなと思い、死々若丸は青い上着を取って立ち上がった。この部屋を通ったということは、研究室だろう。
眠っていたせいもあろうが、彼の中で怒りはおさまり、仲直りしに行こうと思ったのだ。
こんこん。
研究室のドアを軽くノックする。
・・・・・・。
返事がない。
もう一度ノックするも、まだ鈴木の声は聞こえない。
「入るぞ、鈴木」
ガチャ、と部屋を開けて彼は入っていった。
薬品の匂いが漂う中で、奥のほうに人影が見える。かちゃかちゃと音がして、部屋がうるさい。
「・・・・・・・・・。」
目の前にある試験管に夢中で、鈴木は死々若丸がいるのに気がつかない。
「おい・・・・。」
そう言いかけて、彼が進もうとした瞬間に、彼の左腕が机にどん、と当たった。
ぐらぐらと上にあったビーカーが揺れる。
「ん・・・死々わ・・・・・・。」
鈴木が振り向いた瞬間に、それらは、音を立てて硬い床へと落下していった。
カッシャー・・・・ン・・・・!
パリン・・・
鈴木の恐怖の表情を一瞬目に捉えると、自分の視界が床に向かって急降下していくのがわかった。
ガン!
身体が床とぶつかった。妙な空気と重い雰囲気が、部屋全体を捉えて。息苦しい。身体がすごく重く、倒れ伏したまま動かないのだ。
「う・・・・・・。し、死々若。」
鈴木も同じように倒れている。
「な・・・なんだこれは!?」
死々若丸がうめくように彼に聞いた。
「それは・・・・じゅ、重力操作の薬で・・・。空気を通して感染し・・・カラダの重力を変化させる・・・。おまえが落として割ったのは・・・多分20倍の重力の薬だ・・・。」
「に・・・!?か、カラダが重い・・・。ど、どうすればいいんだ?」
「・・・そこの薬を・・・水と一緒に飲めば治る。」
と、彼は視線を前のほうに向け、錠剤が入っている一つのビンを指した。
「こ、これか・・・?」
カラダの筋肉をフル回転させ、死々若丸がずるずると這い出してなんとかそのビンを手に取った。
「み、みずがなければ効果が現れんのだ。水・・・。」
「水だと?!水は近くの井戸に行かなければないぞ。」
「し、しかたがないだろ・・・。さあ、ほふく前進だ・・・!」
そして二人はサバイバル中の兵隊のようにズルズルと前へ進む。ぜ〜え、ぜ〜え、と肩で息をしながら。なんとも滑稽な姿である。
研究室のドアを潜り抜け、廊下をサバイバル中だ。
途中で、死々若丸が止まった。続いて鈴木も止まる。
やはり二十倍の重力は、少し動いただけでも身体が鉛のように重い。息が切れる。
「つ、疲れた・・・。」
「・・・・・・少し休んでから行くか・・・。みんな居間だろうから、呼んでも気付かんだろうし・・・。」
直接冷たい風が当たる廊下から、少し抜け出して隣の死々若丸の部屋まで行く。たかが3メートルの距離なのに部屋に移動しただけでぐたりとなった。
「・・・・・・。実はあの薬は、まだ試作途中で・・・一日経てば薬を飲まなくても・・・もとの身体に戻れるんだよ。そうしとくか・・・?」
鈴木がぐたりとなったまま、隣で寝ている彼に聞く。
「・・・そうする・・・。」
どうにもこうにも身体が重い。ちょっと動いただけで体力が吸い取られる。
二人は無言で身体の圧力に耐えながら、うう〜と唸っていた。
しばらくすると、眠気が襲ってくる。
死々若丸は寝起きのせいもあって、まだ完全に頭が冴えていない。
「眠いのか?死々若・・・。」
「ん・・・・・・。」
彼は眠たそうな声を出し、目をとろんとさせた。
仰向きに寝ているのだが、どうにも彼は寝づらそうに横に動こうと身体を張る。
後ろで髪を結んでいると、仰向きだと頭に当たって、邪魔なのだ。
彼の左隣にいた鈴木がそのことに気づいたのか、死々若丸の近くに寄った。
「・・・?なんだよ・・・。」
寄ってくる鈴木に死々若丸が不審そうに聞く。
「顔だけ右向けて。」
「は?」
「ほら、髪紐ほどいてやるから。」
「・・・ああ・・・。」
納得したように、死々若丸は頑張って右を向いた。
鈴木は手を動かそうとしたが、今の状態じゃ無理だということを身体が言う。
「?どうかしたか?」
「いや・・・ちょっと待ってな。」
そう言って、鈴木は死々若丸の後頭部におでこをくっつけて、その口で器用に髪紐の先端をくわえた。
「おまえ・・・口でやってるだろ。」
「へあ?ああ、うん・・・。」
しゅるりしゅるり、と口で紐を器用にほどいていく。
時々、ふっと彼の吐息が死々若丸の耳にかかる。
妙に鼓動が早くなっていくのを、死々若丸は感じていた。
「おま、もういいから、は、離れろ!」
「へ?らんれ?もうふほひだはらははんしほ(え?なんで?もうすこしだからガマンしろ)」
すぐ後ろに鈴木の顔があるのだと思うと、なぜだか落ち着いていられない。妙にドキドキして不思議な気持ちになる。
小さいときにはどうとも思わなかったのに。
ふと重い圧力の中で後ろをちらりと見やると、驚くほど近くに彼の整った顔がある。
「!!!」
無意識のうちに飛びのいた・・・つもりだったのが、首からぐぎ!という音がした。
「?・・・お前、な〜にやってんだ?首折れるぞ。」
そう言うと、鈴木はまた彼の髪紐をくわえて作業を続けた。死々若丸は痛めた首を宥めながら、また鼓動が速くなっていた。
透き通った蒼い瞳が下を向いて、一生懸命に紐に集中している。
「・・・はい、終わり。」
蒼い髪がふわりと広がった。鈴木がくわえていた紐をふうっと吹いて畳の上に落とす。
「寝やすくなったろ、仰向けに寝たら?」
「・・・いや、俺はこのままでいい。」
そう言って、死々若丸は顔だけ鈴木に背けたままだった。
「?なんで・・・。」
「いいから!」
ふうん?と言って鈴木は不思議そうに死々若丸の後頭部を見つめる。
長い髪が畳に広がって、こちらからは耳しか見えない。
そう、耳だけ。
「・・・・・・・・・・・。」
鈴木がみしみし言う重い身体を無理やり起こして、死々若丸の顔を覗き込んだ。
「ぶっ!」
おもわず吹き出す。
「な、なにがおかしい!!」
「あはははは、はは、あははは!な、なんだよその顔!真っ赤じゃんか!」
そう、彼の顔は今林檎のように真っ赤だった。恥ずかしさのためか、さらに赤くなる。
「う、うるさい!」
「あははは・・・、なに、どうしたの?」
「べ、べつになんでもない!」
「・・・ふうん?あ・うわっ!」
どしゃッ!
とうとう重力にたえきれなくなったのか、力を少し抜いた瞬間に鈴木は倒れこんだ。
「あー、いて・・・。」
「き、きさま重い・・・。」
死々若丸の胸部あたりに倒れこんだので、重力と鈴木の重みでさらに苦しい。
「あー、ごめん。ちょっと待って・・・」
重すぎる身体をずりずりと動かすも、なかなか思うように動かない。
自分の目の前に、金髪の細い髪が広がっている。
「はや、はやく離れろ!重い!」
また妙に鼓動が速くなる。この変な感覚と感情はなんなんだろう。
どく、どく、どく、どく、
そのリズムに呼応して、まただんだんと顔の赤みが増してゆく。
「・・・・・・・・。おまえ、いやに鼓動が早いぞ、大丈夫か?」
「だ、大丈夫だから!早く降りろって言ってるだろ!」
「苦しいのか?もしかして顔赤いのそのせいか?」
「だから苦しくない!」
「最近はパニック障害っていうのもあってな、それは鼓動が速くなってくんだぞ。」
「大丈夫だ!!」
「いや、一回検査したほうがいいぞ。」
「ええい、いい加減にしろ!貴様、分かってて言ってるだろ!!!!」
「あ、バレた?」
「ひ、ひとをバカにしやがって!」
ははは、と鈴木が笑うと、死々若丸からすっと離れた。
死々若丸は顔が赤いままだ。
「おまえってさ、俺以外のやつがくっついてもこうやって赤くなるの?」
鈴木が唐突に聞く。
「あ?いや、そ、それは、・・・・・・・・・・。」
また赤くなって黙る。
「俺がくっつくからこうなんの?」
今度は笑顔も添えて聞いてくる。
「い、いやそれは・・・・その・・・・・・。〜〜〜、そ、そんなこと聞かなくてもいいだろ!」
最後のほうはもう聞き取れないくらいの声だったが、身体が重いため、顔を背けることも難しい。
「んじゃあ俺だからこうなるわけね。」
「ど、どうでもいいだろ!もう寝ろ!」
「よくねえよ、俺は知りたいんだから」
「〜〜〜〜、そうだよ!」
顔を完熟トマトにさせると、死々若丸は今度こそ顔をゆっくりと背けた。
鈴木が笑いながら、「からかってごめん」と言う。そしてまた可笑しそうに笑う。
「じゃあさ、死々若も俺見ててなんか思うことない?」
いったん笑いを止めて、鈴木が問う。
「は?」
「だから言葉のとおり。」
「???」
「分かってくれたら、樹里ちゃんのことも誤解だって分かってくれると思うんだけど。」
「・・・・・・・?・・・ええい、知るか不愉快だ!もう俺は寝る!!」
そう言って彼はごろんと横に・・・なれずにまた身体をミシミシ言わせて眠る姿勢をとった。
「悲しいねぇ・・・俺も寝よ。」
そう言って鈴木も眠りに落ちた。



―――――翌朝。
「おーい、死々若、朝だよ!」
鈴駒は朝焼けの光の中、彼を起こした。ふと目を開けると、涼しい風の中で太陽が少し顔を出している。
隣を見ると、そこには何もなかった。
「?鈴木は?」
軽くなった身体を鳴らすと、よいしょと立ち上がった。
「『私は水飲んでくるから、死々若を起こしてやってくれ』(声帯模写)だってさ。まったくなんでこんなところで寝てたのさ?」
「ああ・・・。まあ話せば長くなるから」
「ふうん?・・・死々若も水飲んでこれば?」
「ああ。」
「オイラも飲もうかな・・・・・。ああそういえば、鈴木ってさあ・・・」
鈴駒と死々若丸が一緒に井戸へ向かおうとしたとたんに、鈴駒が切り出した。
「ん?」
「オイラたちには『私』っていうくせに、お前にだけは『俺』っていうよね。」
そう言って、鈴駒は肩を鳴らすようにポキポキという音を肩から出す。
「・・・ああ・・・・・・・そういうことか。」
死々若丸がふと一言、漏らした。
「へ?なにが?」
「いや・・・・・。」
朝日を浴びて、彼は少し心が浮きだった気がした。 ふと居間を通り過ぎると、つけっぱなしのテレビにカルトが映っている。あの司会者の薬指には確かに、指環。
「なんでもないよ。」


「月と故郷」様 閉鎖に伴い 展示作品をフリーとしてらっしゃったので 頂戴してまいりました。
青戸紺さんの鈴若 どれもとても素敵ですが 特にこのお話が好きで…!
樹里ちゃんの乙女ッぷり、嫉妬しちゃう死々若さんwと、もてもて男前な鈴木さん☆ どれも理想の形で それだけでもときめくのに、 二人で押しつぶされちゃう場面… かかか髪を口で解いて吐息で赤面でw(@o@w すいません ど っ か ら ときめいたらいいで す か!
べらぼうに色っぺぇー!照れ照れ若さんかーわうぃー!いぢわる鈴木さん もー えー !
そんでトドメは『私』と『俺』の使い分け。 もーだめ本当にこういうの好きで好きでッ
「Privilege」→特権。特別扱い。特別なんです。どっちが じゃなくて、どっちも!
整体師なみの正確さでドツボつかれました。どうあがいてもときめかざるを得ない_ _)ノ ありがとうございました!