ドォォォン

ついに会場が崩壊した。なんとか無事に脱出した二人は少し離れたところからその、一人の男の夢の終わりを見た。
もうもうと立ち上る噴煙が風に乗って遠くへ流されていく。気が抜けたのか死々若丸はその場にぺたんと座り込んだ。
「大丈夫か?」
「…お前に言われたくない。」
と逆に言われてしまった全身包帯男は、そんな口がきけるなら平気かなと思いつつ続ける。
「とりあえず、治療もしたいし…魔界の住処に戻らないか?」
死々若丸が小さくうなずくのを待って、鈴木は手を差し伸べた。
はじめは自力で立とうとした死々若丸だが、うまく立ち上がれない。しぶしぶその手を頼る…しかし力が入らず、すがらないと立っていられない。いつのまにか脚をどうにか痛めたのか…脱出の際に散々ぶつかりあったから無理もない。今まで気付かなかったなんて余程必死だったんだと自嘲がこみあげた。
「…歩けないのか?」
いつまでも鈴木に体重を任せているのもなんなので、死々若丸はそっと再び腰を下ろす。それは「YES」の返事の代わりにもなった。
「お前は一人で魔界に帰れ。俺は俺でなんとかする」
「そんな、」
少し休めば動けるようにはなるだろう。そしたらそれから一人で今後を考えよう。今動けるこいつを巻き込むわけにはいかない

と、ふたたび炎上する会場を眺めていた視界が不意にひっくり返った。
「!?」
鈴木が、死々若丸の体を抱き上げて担いだのだ。
「貴様、何をしている!!」
「放っておくわけいかないだろ…おとなしくしてろ」
声は震えていた。自分だって満身創痍で、更に死々若丸を抱えていくなんて力はもちろん残ってはいないのだ。死々若丸は抵抗するが、鈴木はそれでも放そうとしない。
「お前、死ぬぞ?!」
「俺だけ帰るなんてできないッ」
言葉とは裏腹、大きくよろめく。

「…わかった。わかったから降ろせ」
死々若丸は観念した。少々不満そうなというか居心地の悪そうな顔でキョロキョロと周囲を探る。
特にこちらに注目を向けている輩がいないことを確認すると、小さくため息をついた。

ポンッ
「?!」
一瞬で死々若丸が視界から消えた事に鈴木は驚いた。いったいなにが…と首を捻ると、すぐに、今までいなかった「何か」がいる事に気がついた。
それは自分の肩の上、手のひらサイズの愛らしい子鬼が、やっぱり複雑な表情をしていた。
「え…ししわか…まる?」
子鬼はすこし赤くなりながらそっぽを向いた。
「これなら負担にならないだろう」

死々若丸のもうひとつの形態、この子鬼姿は今まで滅多に人前に晒したことはなかった。こんなちびっちゃい姿を見られたらなめられるというか、闇の貴公子「若様」に不似合いな可愛さというか…。しかし今はこーいった極限の状況なわけで、自分も動けないし鈴木に無茶させて二人でのたれ死んでも仕方ないから…そうだ、こうするより他に方法がないから仕方がないんだ。と自分にいいきかせるようにぶつぶつ呟く。

鈴木はあけらかんと間抜けな顔をしていた。
「なんだ」
あまりにもいい反応を見せやがるので照れ隠しの怒気をはらんだ声を出す。ようやく我に返った鈴木は小さい死々若丸をそっと掌にのせると…抱きしめた。
「かわいいー!!」
「なっ…」
死々若丸は抵抗するが、もちろん今の状態では敵わない。
「なにこれ、お前こんなこともできたの?! すげぇー!…可愛いー!」
若いおなごかというほどに、目をきらきら輝かせてはしゃぐ鈴木。…まるで小動物扱い。
「馬鹿!放せ!」
「嫌だ」
掌やら胸やらに圧迫され かるいパニックの死々若丸をよそに、鈴木は急に落ち着いた口調で言った。
「もう俺は自分を偽りたくない。」
見上げると、死々若丸の大きな目に、いつになく真面目で明るい鈴木の笑顔が映った。
「ありのままが一番だよな?」
武術会が終了し何かが吹っ切れたような、今まで見せたことがないような爽やかな笑顔だった。

「かえろ」
掌を肩にやる。促されるまま死々若丸は肩に戻った。
「…あぁ。」
腰を下ろすと、鈴木はゆっくり歩きはじめた。

***

まだ混乱の最中にある首縊島。ホテルに戻る者、はぐれた連れを探す者、怪我をして動けない者など様々が彷徨っている。
一人の、見覚えのある妖怪に思わず声をかけた。
「あ、審判の…」
濃い目の肌の色、緑色の髪、なにより特徴的なのがその耳と水生生物のような長い尻尾。準決勝から試合の審判を務めていた樹里である。
多少のすり傷などを負いながらも体に大事無さそうにみえる樹里は、こんな中で一人ぼっちという状況でかけられた声に反応して嬉しそうに振り返ったが、声の主を見るなりそれからどうしていいのかわからないような微妙な表情で固まった。
「えーと…観客の方?」
わからないのも当然…試合の時には鈴木は怨爺だったし、ピエロだったし、ボコボコだった。素顔の飾らない鈴木と小さい死々若丸を見るのは初めてなのである。
「いや、あのー、一応出場選手だったんだけど…」
樹里の頭の上に「?」マークが増えていく。
「ごめんなさぁい、どちら様でしたっけ?」
「…鈴木、です。」
"美しい魔闘家"とつけるべきかどうか迷い、ぎこちない口調になってしまった。
「すずき…」
聞いたことあるような無いような、いまいちピンとこない。
「裏御伽の」
「あーーっっ!!!」
やっと記憶の中から"その人"を取り出せたらしい。思わず素っ頓狂な声をあげた。
「"あの"! "鈴木"さん!」
ぷっ、と、笑いがこみあげるのを我慢しようとした(実際はできていなかった。)
恐る恐る視線を上げてその素顔に見とれてみたり、思い出したように笑いをこらえてみたりする樹里。鈴木は、まぁなんというか自分がやったことだし、こーいう反応は仕方ないとわかってはいるが、苦笑以外のなにも返すことができなかった。

「おい、あれ」
と、肩の上の死々若丸が向こうを指差す。
「あぁ、実況の」
「小兎だ。」
「さすが若様、女性の名前はよく覚えてらっしゃる。」
皮肉を言ったら横っ面を蹴られた。
キョロキョロしていた小兎は、自分に向かって手を振る見慣れない人物に気がついた。よく見ればその人の傍らには探していた樹里がいるではないか。謎の男性に促されてこちらへかけてくる樹里。小兎はわけのわからぬまま、樹里の真似をして男性にかるく頭をさげた。

「よかった〜見つかって。」
再会した審判コンビはホテルに向かって歩き出す。
「何、あのひと誰?」
チラチラ後ろを振り返る小兎。
「裏御伽チームの鈴木さんよ」
…それを聞いた小兎は樹里と全く同じリアクションをしてくれた。
「瑠架ちゃんが言ってたけど、ほんとに素顔はまともなのね…」
なんともはや…。
「小兎ちゃんとはぐれちゃって心細くしてたら声かけてくれて。それに腹話術もやってくれたの。」
うっとりと夢見るような口調で語る樹里。
「腹話術?」
「青い髪の子鬼の人形が肩の上でちょこまかしてたの、可愛かったよ。励まそうとしてくれたのかな? ほんとおかしな人ッ☆」
樹里の瞳に"うっとり"の色が濃くなっていく。
「あぁ鈴木さん…また会えるかしら?」
「そ、そうね…。」
小兎はその様子に一抹の不安を覚えつつ、かける言葉を見つけられずにただ相槌を打ちながらとぼとぼと歩を進めた。