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行動指針が

2014.10.02

そうそうそんでね続きになってしまうんだけど

こういう時には座席を譲ろうとかこういう時なら大丈夫だろうとかそういう行動基準ってみんなそれぞれ自分なりに持ってたりするんだなっていう話で

ご老齢の方や妊婦マークの人にはそうなんだけど、私は、子連れの方に対するそういうのがイメージ出来ていないなーと気づきました。
前者に比べてこちらは積極的に席を譲ろうとしたことあんまり無いかもしれない。それは自分なりの どういう時にどうしようかっていうのが見えていないからなんだなっと。
もうあきらかに抱えてなきゃいけない乳幼児を抱えている親御さんとかだったらいくらなんでもああ譲ろうかなとなるとは思うのですが

もうちょっと育ってるとか… 自立はできるけど体力ないから疲れやすいだろうなとか揺れて踏ん張れないから座ってたほうが楽なんだろうなとか親も車両ちょろちょろされるより座らせておいたほうが安心かなとか…でもわざわざ譲るほどかっていうと微妙な感じだったりとか…
ファミリーで人数が多いから一つぽっち譲ってもいまいちだとか…
荷物が多いから狭い座席を譲るより立ってたほうがいいんじゃないかとか… ベビーカーとか場所に余裕のあるところじゃないと居づらいだろうし…

いろいろ悩ましくて判断がつかないものです。

最善は 勝手に「座らせてあげるのも微妙かな~」と決めつけないで、まずは譲りましょうか?て聞いてみて 相手が不要と言うならそうする というのがよいのだろうが。
なかなかそこまでできないよー。そこまでせんでもまあなんとかなるやろーってなってしまうのが大多数だよー。


そのうちにこのへんも何か自分なりの基準ができてくるかもしれないしこないかもしれないし、そんなこと言ってる間に自分が歳取って体力なくなって譲るより譲られたい側になるかもしれないw


何度も言うけど譲られる側が「ちくしょう譲りやがれよ」と思うものではありません、そこは思いやりの世界なので押し付けてはいけません。(それは譲る側も同様である)
もしも自分が優先してもらえたら嬉しいなーという側になって、正面や周囲の人が気づいているだろうに席を譲ってはくれなかった場合、「きっとこの人ははたから見てると元気そうに見えるけど、体調が悪いのかもしれない。マーク無いけど妊娠中なのかもしれない。他にもいろんな理由で体がしんどいのかもしれないしどこか不自由なのかもしれないしものすごく疲れていたり眠たかったりするのかもしれない。音楽聴きながらゲームやったりケータイいじってるけど、きっとそうなのであろう。」と思うことにしています。


譲る=善行というのが大前提という感じで書いていますがそれもまた必ずしもそうではないですし。
毎回 わー別に大丈夫なんだけど周囲に気ぃ使わせちゃってるかなーとか思いながら乗ってる方も大変だし、席譲られたら譲られたでありがたいけど譲ってくれた人がすぐそばに立ってると気まずくて落ち付かないとか そういうのもあるでしょうし。


っていう話で何日ももつわー。きりがないし個人の思想の問題なのであんまり引っ張るなよなんですがー。
ひとまず終わりー!